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アリス・プロジェクト

涼格朱銀  

 臓腑の色など見たことはないが、自分のは黒だと言い切れた。その時はそう思った。
 ――間に合わなかった。
 仲間を捨ててまでやってきて、結局一人も救うことができなかったのだ。
 敵は全て排除した。自分の仕事としては達成した、と言えるかもしれない。しかし、それが何だというのだ。
 モニター越しに見るこの街は、すでに墓場と化していた。今、目に見えはしないが、あの瓦礫と化した建物の下では多くの人々が潰され、あるいは埋められて亡くなっているだろう。その周辺には、点々と戦車やホバー艇といった兵器の残骸が転がり、黒煙を吐き続けている。動いているものはない。
 動いているのは、私の機体だけだ。――いや、それも、まともに動くかどうかは怪しい。左腕大破、右脚関節部破損、メインラジエーター破損……目の前のパネルには赤々と異常を伝える表示が並んでいる。
『……バアル、バアル!』
 無線から声がする。……いや、先ほどからずっと呼びかけていたのかもしれない。俺は首を振って気を取り戻そうとする。
「こちらバアル」
『クロセルだ。こちらは全滅。作戦は失敗だ……済まない』
「わかっている。謝ることはない。俺のミスだ」
 目を落とすと、操縦桿を握りしめている自分の両手があった。あまりにも強く握りすぎたため、すっかり血の気を失っている。引きはがすようにして手を離す。それから、ゆっくりとシートへと身体を預けた。
 俺は――何を震えているのだろう?
 真っ白な頭の中で一点だけ妙に醒めた部分があって、そいつはいかにも不思議そうに首を傾げながら俺を見つめている。そいつは金縛りのように身体を動かすことすらできず、ただ荒い呼吸をするばかり。全身は冷や汗で冷え切り、無精髭の散らばる顔は青白い。動揺しているようでいて、彼の心中に良心の呵責などは芽生えていないらしい。作戦が失敗したこと、住民を救えなかったこと、自分のせいで犠牲者を出したこと。それについて後悔も反省もない。ふりをしているだけだ。本当は自分の責任でないと思っているのだし、事実、そうだから――少なくとも、彼の立場から言えば事実だ。死の淵に立たされたことへのショック、というわけでもなさそうだ。今日くらい死にかけたことは何度もある。
 ならばなぜ、彼はこんなに死人のような顔をしてあえいでいるのだろう?
 なんだか妙におかしくなり、笑みがこぼれる。何がおかしいのかはさっぱりわからないが、ともかく声も出さずに笑った。
 そうすればいくらか気持ちも落ち着いてきた。痺れるような頭の拘束も、波が引いていくように解けていく。
 息を吸って、吐く。どうやら呼吸も戻った。
 こちらの回復を待っていたかのように、無線から再び声がする。
『……バアル。調停機構のエージェントを名乗る奴が、お前さんにコンタクトを取りたがっている。繋いでもいいか?』
「調停機構?」
 敵の関連組織が何の用だというのか。面倒くさい。
 興味があるわけでもなかったが、作戦も失敗し、敵らしき姿も見えない今、そういう意味では暇を持て余しているのも事実だった。
 話くらい――聞くか。
「繋いでくれ」
 クロセルからの通信が切れる。ややあって、別回線からの通信を確認した。
『いやあ、ようやくつかまえた』
 戦場にあって、のんびりとした声が、狭いコックピット内にやたらと響く。軍人――少なくとも、現場で戦うような連中でないことは一聴してわかる。
『バアルだね? 君の作戦は素晴らしかったよ。実際危ないところだった。ただ、運がなかったね。暴走したFAに襲撃されている村を救うために戦力を割かなければ、狙い通り刑務所は落ちていただろう』
 暴走? これは故意だ。
 件の刑務所を襲撃、占領し、捕虜に対する非道な仕打ちを世界に報じれば、こちらの士気は向上し、世界連合軍の名誉は失墜する。それ防ぐために茶番を演じたことは間違いない。しかし、そんなことをここで議論しても仕方ない。相手は否定するに決まっている。
『だが、いずれにせよ君の労苦は報われなかったよ。本日一四○○に君のところの政府と世界連合は停戦した。戦争は終結したわけだ』
「……」
『君の部下は――何人かは戦死したが、生き残った者はこちらで全員拘束している。負傷者には医者とベッドを用意させてもらったよ。彼らの身柄を材料に、君と取引がしたいと思ってね』
「内容は?」
『話が早くて大いに助かるよ。なに、そんなに無茶な事じゃない。調停機構の顧問として二年間働いてもらいたい。もちろん給料も出す。任期の後は好きにしてくれたらいい。君が応じてくれたら、部下達はこの場で全員解放だ。表向きには戦死したことにしてね』
 なんとも至れり尽くせりの、都合のいい話だ。胡散臭さが鼻を突くほど漂っている。
「……ずいぶん妙な話だな」
 懐疑の色をあからさまに湛えた声に、しかし相手は動じることもなくマイペースに笑う。
『なに、すこぶる単純さ。要は君の腕を買っているということ。こっちにはこっちの都合があってね。世界連合に頭を下げずに軍の増強を計りたい。そのためのブレーンを欲しているわけだ』
「その辺の細かいことはいい。だが、本当か? 本当に仲間達を即刻解放するのか?」
『嘘はない。ついでに本人のご希望とあれば、亡命の面倒くらいは見よう』
 通信機越しのことなので、解放云々以前に、仲間が拘束されていること自体が狂言である可能性ももちろんあった。しかし、それはないことも充分に感じていた。作戦を立てたのは俺なのだ。失敗したときどういう状況になるかは、確かめずともわかる。
 では、本当に仲間が解放されるのか? それも怪しいものだ。敵同士での裏取引の口約束など、なんの保障もない。
 しかし、いずれにせよ、悩むという高尚な精神活動を行う余地など俺には残されていなかった。敗者に事実を知る権利もなければ、そもそも選択権すらない。唯一残されているとすれば、自ら命を手放すことくらいだろう。それも拘束されていなければ、の話だが。
「わかった。応じよう」
『ありがとう。では、迎えに行くよ。二十分ほど待ってくれ』
 通信が無言になると、もはや俺には、できることも、することも残っていない。機体の動力を落とし、ヘルメットを脱ぐ。そしてゆっくりと目を瞑った。


 あまりにも無力だった。野望の達成のためには冷酷にもなる。その覚悟の上とはいえ、現実に目にしたそれは凄惨極まりなかった。
 目の前で一方的に殴られ続ける彼女。弄ぶかのように次々と拳を繰り出してくる奴に対し、彼女はただ逃げ腰で、せいぜい本能的に腕を使ってガードし続けるしかない。そんな光景を目にしていながら、私は何もすることができない。間近で見ることすらできない。こうして遠い出来事のように、モニター越しで眺めるしかできないのだ。
 ついに奴の重い一撃が脇のあたりに決まり、思わずふらつき、倒れかかる彼女。奴はその腕を取り、力任せに捻りあげた。彼女の腕のきしむ音がこちらにも聞こえてくるような、生々しい光景。そしてそのまま、力任せに左右に大きく揺さぶる。
 意志のない人形のように、振り回されるままに揺られ続ける彼女。ついに堪えきれず、私は思わず叫んでいた。
「綾(りょう)! 腕は壊すな!」
『ちょっと! 私のことはどうでもいいの!』
 耳に装着したヘッドホンに、即座に叫びが返ってくる。返事ができる程度には余裕があるらしい。
 目の前のモニターには、二体の人型の戦車が映し出されている。いや、人型というには多少ずんぐりとした体型で、人間でいう頭部にあたる部位はなく、胸のあたりにコックピットがあるわけなのだが――それはともかく。
 肩や肘の関節部が大破すれば、まず勝ち目はなくなる。仮に勝っても修理費で大きな赤字が出る。バックに機体のメーカーや多数のスポンサーが付いたチームならともかく、資金に余裕がないプライベーターにとっては死活問題である。せっかく勝ち上がったのに資金が底を突いて出場辞退という悲しいことにもなりかねない。
 だが、当然ながら、機械を動かすには操縦者も必要なのだ。
「当然おまえも壊れるな! 中で吐いたりしたら掃除させるからな!」
『……もういい』
 恐ろしく低いトーン。背筋に妙な寒気が走る。
 腕をひねられている方の機体が、相手の揺さぶりきったタイミングを見計らい、少しだけ腰を落とす。瞬間、機体は右腕を軸に宙を舞った。つまり、腕をひねっていた相手に全体重を預けて逆立ちをしたのである。
 やがて機体は重力に従い、元来た道を落ちていく。全体重を預けた両足が、振り子のように敵の腰に突き刺さる。
 地面に転げる両者。
 土埃の中、立ち上がったのは私の機体だけだった。相手はそれきり動かない。腰部に致命的な打撃を受けたため――というよりは、操縦者の方が気絶か何かしたのだろう。約五メートルからの落下プラス、蹴りの衝撃。安全機構によって緩和されていなければ、充分に人の死ねるダメージである。
 ――勝者、キリムラファクトリー、ケーニギンネン・ドラッヘ!
 場内アナウンスと、ひときわ大きい歓声。別に私たちが人気者だからではない。何の背景も持たないぱっと出のプライベーター風情が、資金力、組織力に勝るチームを相手に勝ち上がってきていることへの驚きと賞賛である。
 もしくは、パイロットが女性だからか。
「お疲れ様。ちょっと乱暴な操縦だったが、まあ、壊さなかったからよしとしよう」
『……壊れた』
「は? 腕やっちまったのか? ……いや、さっき立ち上がるとき右腕使ってたな。じゃあ別の部位か?」
 返事はなく、無線が切れる。モニター越しに見る限り、帰還してくる機体の様子からして特に損傷しているような動きではない。
 ほどなく機体は私のいるガレージへと戻ってきた。
「綾、どこが壊れたんだ?」
 声をかけながら、スタッフと協力して機体にタラップをかける。と同時に勢いよくコックピットが開き、中から綾が飛び出してきた。
 転げるようにタラップを駆け下りると、そのまま奥の方へと走り去っていく。
 両手で口元を押さえていたような気がした。


「なんかこう、もうちょっと扱いが良くてもいいような気がするんですけど」
 台所からちらりと見やると、まだちょっと青い顔をしている綾がふくれっ面をしていた。
 テーブルの上に両手を重ねて顎を乗せ、倒れ込むようにしているところを見ると、実際まだ調子が悪いのかもしれない。短く切り揃えた髪も、洗面所でしつこくセットし直していた割には、またもやくたびれてボサボサになっている気がする。
「まだ言ってるのか?」
「だってなんか私のこと、壊れない機械みたいに思ってるでしょ……」
「意外と丈夫だとは思ってはいるけど」
「やっぱりー! それ、絶対おかしいですよ! なんか違う!」
 さっきまでのダレ具合からは考えられないほど勢いよく上体を起こし、こっちに指を突きつけながらいまいち具体性に欠けることをわめきだした綾はとりあえず放っておいて、再びオーブンの方に視線を戻す。もうちょっとか。
「少なくともドラッヘの腕より壊れやすいのは間違いないし!」
「そうか?」
「そうですよ! 冗談でも言わないでください!」
 別に綾のことを気遣ってないわけではない。ただ、綾なら本当に危ないなら自分からそう言い出すから、わざわざこちらから声をかける必要がないだけである。
 ――まあ、たぶんそれが不満なのだろうが。
 オーブンを開けると、あたりにメレンゲの焼けたいい香りが漂う。お手製のメレンゲレモンパイ。
 大皿に移したそれにナイフで切れ目を入れ、テーブルに運ぶ。飲み物は安物のパック紅茶に氷を入れて冷やしたもの。なんとも安上がりだが、これが祝杯というわけだ。
「まあほら、そんなことは忘れて食べておくれ。紅茶もガンガン飲んでいいし」
 未だに不満そうな顔をしているものの、とりあえず目の前のレモンパイの方を優先することにしたらしい。食欲なんてまったくなさそうな顔色の割に、綾はまったく躊躇することなく手を伸ばした。この辺はさすが、数ある乗り物の中でも最も過酷な操縦を強いられる二脚歩機のパイロットなのだ。
 二足歩行技術がほぼ確立した現在でも、人が乗り込んで操縦するものはほとんどお目にかからない。普段目にする「二足歩行する機械」は、九割方が人工知能を搭載した自律型である。
 その理由は主にふたつある、と私は考えている。ひとつは、人間と同じ動きをする機械に、人間が乗り込んで操縦する意味があまりないということ。生身でできることは生身でやればいいわけで、機械に乗り込んでやることはない、という話。もうひとつは、搭乗者に多大な負担がかかるということ。重心が高く不安定な乗り物である二足歩行は、普通に運用するだけでも結構な縦揺れが操縦者を苦しめる。その上常に転倒の危険が付きまとう。乗り物としてのメリットがあまりない上に危険。これでは普及しないのも当然だろう。
 ただし、それは実用上での話。人型ロボットに乗り込み、意のままに操る。それを夢見る人々は過去にも現在にも数知れない。その夢を叶えるために二脚歩機は存在していると言ってもいい。理屈ではないのだ。
 そんなわけで、その実用性の乏しさや危険性にもかかわらず、二脚歩機を使った競技はサッカーや陸上競技など、数多く行われている。特にサバイバルゲームが人気で、比較的小型で、かつ補助輪を付けて安全性を増した機体を用いるものが、アミューズメント施設内に用意されていることも珍しくない。
 そんな二脚歩機を使った競技の中で、最も過酷なのが格闘技戦である。ただでさえ危険な乗り物に乗り込んで殴り合いをするのだから、参加者の神経は異常としか言いようがない。あまつさえ、六メートルもある機体で逆立ちし、そこから蹴りを敢行するイカレたのまでいるわけだ。あまりに危険なため、国によっては全面的に禁止されているところもある。
 さすがにここまで危険な競技となると参加希望者は少なく、そもそもライセンスを取得するのも相当に難しい。その上一戦ごとに必ずといっていいほど機体は損傷し、莫大な経費がかかるため、スポンサーならともかく、チームオーナーになろうという企業はそうそうない。いまどき有人歩行機の技術力を誇っても、あまり意味がないということも要因としてあるだろう。
 参加する側にとってネガティブな要素が多数あるにも関わらず、しぶとくも廃れず、人気も根強い。それはやはり人型ロボは殴り合ってこそのものだという、二十世紀以来の伝統的な思想が今も生き残っているからなのだろう。無論私もその思想の虜だからこそ、無理に金を振り絞ってまで参戦しているわけなのだが。
「ま、なんにしろ、今回は修理代が少なくなりそうで助かったよ」
 私も席に着き、レモンパイを一切れ口に運ぶ。もうちょっと甘み抑えめでも良かったかもしれない。
「あの関節技は嫌がらせとしか思えなかったからな。よくあの程度の損傷で済んだよ」
「その辺はまあ、ちゃんと考えてますから」
 レモンパイをほおばりながら、器用に綾が喋る。と同時に、次の獲物に手を伸ばすのも忘れない。
「なるべくダメージが少なくなるようには、いつも工夫してますよ。ただ、今回は運が良かった、というのもありますけどね。相手がドラッヘの破壊より、私のグロッキーを狙ってきましたから。私としては普通に腕を折りにきてくれた方が楽だったんですけど」
 考えてる、というなら、あの逆立ち蹴りはないだろうと思うのだが……いや、あれも彼女なりには機体に優しい操縦法、ということなのかもしれない。とすれば、気兼ねなく操縦すると、どういうことになるのだろう。あまり積極的に知りたいとも思わないが。
「それにしても、ですね」
 片手にパイを持ったまま、紅茶をコップに注ぐ綾。
「これでベスト4進出なんですよね?」
「ああ。次勝ったら決勝進出」
 大会初出場で、かつプライベーターという足枷がある中で、いきなりの準決勝進出。その快挙に何か感慨でもあるのかと思ったら、綾はどちらかというと渋い顔をしてみせた。そうして、しばらく眉を寄せたまま黙々と紅茶を口にしている。何が言いたいのかは見当が付かなかったが、言葉を選んでいるらしい、ということだけは感じ取れた。彼女は考えるより先に言葉が出るようなタイプだから、これは珍しい行動といえる。
 やがて意を決したというか、考えても無駄だと悟ったというか。考えの整理が付いたというよりは結局それを放棄したという感じで、再び口を開く。
 案の定、出てきた言葉は簡素なものだった。
「こんなのでいいんですか?」
 しかし、簡素にもほどがある。当然のごとく聞き返す。
「つまり?」
「つまり――素人がいきなり準決勝に行ってしまうのが」
 それに対する私の返答ははっきりしている。しかし、当たり前の返答を望んでいるわけでもないのだろう。
「何か問題なのか?」
 綾が首を傾げる。いや、傾げたいのはどちらかという私の方なのだが。
 紅茶のコップをテーブルに置き、そのときもう片方の手に持ったままだったレモンパイを思い出したらしい。あっという間に口に放り込み、すかさず代わりに手を伸ばす。
「これ、おいしいですね」
「え? ああ。どうも」
 見事な食いっぷりをまじまじと観察されたのが気になったのか、と思ったが、別段そういう風でもない。単に思ったことを口にしただけらしい。
「こういうシンプルなの好きですよ。霧村さんらしいというか、ドラッヘもこんな感じですよね」
 ドラッヘとメレンゲレモンパイがどう繋がるのかは、よくわからんところではあるが。それにしても、口にあれだけものを入れたまま、よく普通に喋るものだ。
「霧村さん」
 不意に表の作業場の方から声がした。ウチのメカニックの一人、宮地だ。
「お客さんが来てますけど。玖島さん」
 玖島。その名前を聞いた途端、むやみに気持ちが沈んでいくのを自覚した。
「玖島が?」
「おいおい。あからさまに嫌がっている声を出さんでくれよな」
 突然割り込んできたその声は、それほど大声というわけでもないのに、やけによく通る声質。間違いない。
「一応建前上は、準決勝進出祝いに差し入れを持ってきたんだ。君も建前上は歓迎しろ」
「何持ってきた」
「骨付きチキンとシャンパン。あと、サラダもある。どうせ手作りケーキしか用意してないんだろ?」
「わかったわかった。とっとと入れ」
 ほどなくして、玖島の奴がこちらに入ってくる。確かに両手に大げさなポリ袋を三つも下げていたが、その服装は予想の通り隙のないビジネススーツで、明らかに仕事の話をしに来たことがわかる。だいたい、たかが準決勝進出を決めたぐらいで、こんな祝いものを持ってくること自体がおかしいのだ。
 綾に大げさな会釈などしながら、玖島は手早くポリ袋から次々と「差し入れ」を並べる。シャンパングラスや皿まで持参したらしい。さきほどまでの貧しいパーティ会場が、あっという間に華やいだ。
「さ。島津さん。遠慮せずにお召し上がりください。今回の主役は貴女ですからね」
「どうも」
 グラスに注がれたシャンパンを、勧められるままに飲み干す綾。突然のごちそうを前に、平静を装いつつも心なしか浮かれ気分……と言いたいところだが、表情と声色を伺う限り、気分の高揚など微塵も感じ取れなかった。むしろ島津さん、と呼ばれたときにちょっと眉をひそめたような気もする。なんにしろ変わらぬ顔色の悪さで、それでもチキンにはしっかり手を伸ばす。
 ただ、それを一口した瞬間、ようやく少しだけ驚いた表情を見せた。
「あれ? その辺のチキンじゃないですね」
「さすがは島津さん。違いのわかる方だとは聞いていましたが、一発で見破るとは」
「誰から聞いたんだそんなもん」
「今日のめでたき日のために、特別に持ち帰り用で作ってもらいました。マツムラという創作料理店の、インド風フライドチキンです。ベースはタンドリーチキンですけど、衣がパリパリしててなかなかオツでしょう?」
 聞いたことのない店名。そもそも料理店には詳しくはないが。おそらく一流ホテルにでも構えるところなのだろう。職業柄、奴はそういうところに顔が利く。しかし、こんなくだらない芝居のために特注の料理まで作らせるとは、なんとも無駄な凝り性というか。ここまで大仰に馬鹿馬鹿しいと嫌みすら感じない。その人脈と権力に素直に呆れられる。
 しかし、私は回りくどいのは好きじゃない。
「チキンの講釈はいいから。本題に入ってもらおうか」
「ふむ」
 とりあえず、という風に、玖島は自らシャンパンをグラスに注ぎ、それを飲み干す。
「本題に入る前に、いちおう釈明をしておこうか。この差し入れは嫌がらせでなく、純粋にプライベーターとして戦ってきた君たちへの、オレなりの敬意を表したつもりなんだ。もっぱら島津さん向けに、だけどな」
 玖島がちらりと綾を見やったが、彼女のほうではすでに玖島は視界から姿を消しているようだった。相変わらずの表情で、黙々とサラダを皿により分けている。
 しかし玖島も余計なことにこだわる。奴の言うことを真に受けられるかどうかも疑問だが、そもそもそんなことは知ったところではない。
「そんな釈明はいいから」
 急かす私を手で制しつつ、玖島はグラスを置く。
「君に依頼があってな。内容は開発中の新型フォース・エンジェルスとの模擬戦。君らが使用する機体はこちらで用意させてもらう」
「おいおい。ちょっと待て」
 こちらの制止に玖島は肩をすくめた。
「そっちの家業は廃業した、と言いたいんだろ? それは当然知っている。わかった上で頼んでるんだ」
 綾の方を見やると、黙々とサラダをかじっている。
「それに実戦というわけじゃない。特殊な空包を使った、かなり安全なものだ。まあ、小遣い稼ぎくらいの気軽な気持ちで受けてくれればいいんだが」
「お前は悪徳セールスマンか!」
 思わず相手の胸ぐらを掴みそうになるが、それはなんとか堪える。
「わかるだろ? 軍に関わること自体が嫌だと言ってるんだ。そんなもんに関わって、ろくなことにならないのは、お前だって知ってるだろうが」
「いやあ、そんなに難しく考える必要は……」
「それに、だ。気軽で小遣い稼ぎなアルバイトなら、なぜわざわざ俺に頼む? 他にやりたがる連中だっているだろうに」
 詰め寄られ、言葉に詰まる玖島。こっちが睨み付けるのに視線を逸らす。
 綾がサラダを突っつく音のみが響く。いつの間にやらフォークなど、台所から取ってきたらしい。
 と、大きく息を吐く音が聞こえた。
「まあ、とにかく最後まで聞け。聞いてしまったら後戻りできないとか、そういう姑息な引っかけをするつもりはないから。聞いた後でやるかやらないかは決めてくれ」
「できれば聞きたくもないから、そのままお引き取り願いたいところだが」
「わかったわかった。じゃあ、しょうがない。肝心なところから話すか」
 なんとなく玖島の声色が変わった。先ほどまでは冗談めかしていながらもビジネスライクな感じだったのが、本当にわずかだが崩れたような感じ。なんとなく嫌な予感が走る。
 玖島はグラスにシャンパンを注ぎ、口を湿らせるように一口した。それからひとつ咳払い。
「実は、とあるテロ計画があるんだな」
「は?」
「人が人を模したものを造るのは神への冒涜だと主張する過激な組織があって、そいつらはあらゆる人型機械を破壊して回っている」
 話が見えずに呆然とする私に、奴は嫌な笑みを返す。
「問題はそいつらの次の標的だ。――二脚歩機格闘トーナメントの妨害」
「なっ……」
「具体的な計画はわからない。出場機体に時限爆弾を仕込むのか、会場自体を爆破するのか。もしくは準決勝進出チームの中に、奴らの尖兵が潜んでいて、試合中に突然客席を襲うなどすることも考えられる。
 ともかく、このテロ計画を、調停機構は全力で阻止する。これも報酬に入っていると思ってくれ」
 あまりにわけのわからない話に、何と言っていいかわからない。こんな無茶苦茶な脅しがあるだろうか? 世界規模の公的機関が、たかだか一人を脅すためにテロ計画まで立案しようというわけだ。
 無論、私がこの話を蹴ったとして、本当に馬鹿げたテロを行うかと言えば疑問である。普通に考えたらメリットなど何もない。だが、そんな無茶ができるだけの力を奴が持っていることも事実なのだ。奴ならテロ組織の仕業に見せかけて仕事をするのは造作もない。その辺のことを私が知っているからこその、この脅しなのだろう。
「……なんでそこまでして、俺にこだわるんだ?」
「間違いなく信頼できて、腕の立つ二脚歩機パイロット――というのは、まあ、そうはいないもんなんだな。そもそも二脚のパイロット自体が希少というのもあるが」
 もちろん、あんなくだらない脅しを本気にしているわけではない。が、そこまでして無理を通そうとするからには、それなりに奴の状況も逼迫しているということなのだろう。
 この大事な時期に、面倒なことは御免ではある。できればトーナメントの方に集中したい。だが――脅し云々を置いても、奴には借りがある。
 私の口から、深いため息が漏れた。
「――聞くだけは聞こう」
 その言葉が終わりきらないうちに。もう絶対逃さないとばかりに玖島は話し始める。
「概要はさきほど話した通り。新型フォース・エンジェルスとの模擬戦。ウチが次期採用する、次世代FAの採用試験の一環というわけだ」
 フォース・エンジェルス――FAというのは、厳密に言えば軍事用の無人制御プログラムの総称である。つまりは人間の代わりに戦闘機や戦車などを操縦する人工知能ということ。それが転じて、FAを搭載し、無人化した軍用兵器自体もFAと呼んでいる。つまり、ひとくちにFAといっても、ヘリやら装甲車やら、もちろん二脚歩機やら。様々なものがある。
「で、そのFAは何なんだ? 俺に頼むあたりからすると、やはり二脚なのか?」
 当然の疑問であり、そういう質問をされること自体は予測していたはず――だが、玖島はちょっと困ったような顔をする。
「いや――実は、なんと言っていいかわからないが……」
 しばらく唸った後、ようやく言葉を繋ぐ。
「今回開発中なのは、何というか――中隊なんだ」
「中隊?」
「そう。君も知っての通り、従来のFAは突撃するか撤退するか――まあつまり、単純な行軍しかできない上に、いちいち管制側からの指示が必要だった。
 今回の計画は、作戦と現場の状況に応じて、独自の判断で行動できるFA部隊を開発することなんだ。そのためのハードとソフトを開発している。単純に一個の兵器、というわけじゃないんだ。
 つまり今回の模擬戦は、人間と人工知能との知恵比べという様相になる。もちろんパイロットとしての手腕も問われるが、一番重要なのは、作戦を理解し、効率的な行動を取れるかどうかだ。その辺に関する眼力を持っていて、かつ我々にとって都合のいい人間となると、まあ、君しか考えつかないわけだな」
 なるほど。無茶苦茶な脅迫をしてまで私を引っ張ってこようとしている理由が、ようやくわかってきた。
「――相変わらず、人を乗せるのがうまいな。悪徳商人めが」
 気乗りのしない話だったはずだ。組織になど関わりたくない。いいように使われ、捨てられるような、操り人形のような人生など送りたくないと思ったからこそ、こうして意地を貫いてやってきたはずだった。しかし――
「……で、まさか一個中隊相手に俺一人で戦う訳ではないんだろ?」
「当然だ。君のツテを使って人選をして欲しい。歩兵は必要ない。陸上兵器のパイロットのみだ。腕もそうだが、口が堅いのは絶対条件。どうしても捕まらないのならウチの連中を充てる。あと、君が望むなら、君のところのメカニックスタッフを連れてきてもいい。これも足りないならこちらで連れてくる」
 人工知能との知恵比べ。それがどうしてこうも私の血をたぎらせるのだろう。人工知能は言うまでもなく、人間が造り出したものだ。だから創造主の人間に敵うはずがない――というのは、ある意味で誤解だ。
 私は私一人の能力しか持ち得ないが、人工知能は、あらゆる種類の人間によって創造され、その中身も、過去のありとあらゆる事象からデータを収集し、叩き込まれているはずだ。少なくとも人間がセオリー通りの戦術と採れば、人工知能は過去のデータから行動を推測し、適切な対処をするだろう。土壇場でそれら知識を組み合わせ、新しい戦術を生み出す創造性まで持ち得ているかどうかまでは、私の知るところではないが。
 人工知能との対決は、ある意味で過去の著名な戦術家達全員を相手にした勝負だと言えなくもない。
 ともかく――認めなくはないが、明らかに私の表情は今、いきいきとしているのだろう。すでに私の頭の中では、過去、共に戦った戦友達のリストが検索されている。
「ところで、肝心なところを聞かないんだな」
「ん?」
 一旦頭の中の検索を中断し、玖島を見る。やけにニヤニヤとしているのは、私のやる気を見て取ったからなのか。
「報酬だよ。まさか無償で働く気ではあるまい?」
「――ああ」
 昔の私は、とにかく真っ先に聞いたのが報酬だった。それは単に意地汚いからではなく、どちらかというと責任によるものが大きい。つまり、自分はもとより、戦友達の命の価格はいくらなんだ――という。
「聞こう」
 玖島は一層ニヤニヤと笑い、もったいぶってすぐには話さなかった。わざと私に対して横を向き、ゆっくりとシャンパンを手に取り、それを注ぐ。
 そしてそれを飲み干し、いつの間にかポケットから抜いていたハンカチで口を拭き――そうしてやっと、向き直る。
「現金による報酬も当然、相場以上に用意してある。それプラス、これはまあ、無理を聞いてもらった事に対する詫びのつもりでもあるんだが――」
 わずかな間。
「――アーキテクト・コーポレーションのサポートが受けられるように手配した。つまり、君のドラッヘのCPUチューン等を依頼できる」
 アーキテクト・コーポレーション。企業としては私のショップと同じくらいの弱小規模だが、ソフトウェアの開発においては世界屈指とも言われるところだ。本業ではないが、必要に応じて一点ものでハードウェアを製作したりもする。
 と同時に、社長が相当な変わり者だそうで、滅多なことで仕事を受けないことでも有名だ。儲けようと思えばいくらでもその機会はあるのに、とにかく気に入らないと、どんな高額を積まれても仕事をしない。オフィスも広げようとしないし、人員も増やそうとしない。そのくせ気に入った仕事となると、そのプロジェクトのためだけに専用の工場を建築し、高価な機材を惜しげもなく注ぎ込む。そしてプロジェクトが終わると、あっさりとそれを破棄してしまう。本当に道楽でやっているような会社だと聞いている。
 アーキテクトのチューンを、予算を気にすることなく受けられる――まさしく夢のような話である。少なくともこの業界で喜ばない人はないだろう。しかし、私の心中は暗雲が立ちこめるような気分だった。
「まさかお前、あの会社まで脅したんじゃないだろうな」
 こちらの懐疑の視線を、玖島はひらひらと手を振っていなす。
「あそこの社長は、夫や一人娘を人質に取ったって言うこと聞かないよ。あれに無理強いさせるのは不可能だと思うね。――まあなんだ。今回のプロジェクトに、アーキテクトは多少関わってるんでね」
 私は思わず立ち上がった。
「まさか、今度戦うFAって……」
「いやいや。そうじゃない。落ち着いてくれたまえ」
 ――まあ、冷静に考えてみれば、あのアーキテクト社が量産できる製品など作るわけもないか。変に過剰な期待をした反動で一気に力が抜けてしまい、私は倒れるように座り直した。
「アーキテクトが開発しているのは、今回のFAじゃないんだ。あんまり詳しくは言えない……というか、言ってもいいけど君に迷惑がかかるのも何だから言わないわけだが、調停機構のとあるシステム開発に携わっている。で、そのシステムの中に、今度開発する中隊FAを管理する仕様を組み込もうとしている、というわけさ」
「アーキテクトが、軍のシステムに携わるとはねえ……」
「さっきから、どうも君は勘違いしているような気がするんだが、調停機構は軍じゃないよ。軍と軍との戦いをジャッジするところなんだから」
「どう言ったって、兵力持ってるじゃないか。兵力あったら軍だろ」
「君がそういう定義で軍と呼ぶなら、仕方ないね」
 玖島は両手をちょっと挙げて見せた。
「――それで? だいたいこっちの話は終わったが、君としてはどうなんだい? 結局、受けるのかどうか」
「受けよう。だが、できればもうこんな話は持ってきて欲しくないもんだね。そっちも報酬に入れて欲しいところだが」
「わかったわかった。いいだろう」
 むろん、こんな軽々しい返事を信じた受けたわけではないが。ただ、今回のような強引な手を何度も使われるのは御免だから、少しでも釘を刺しておこうと思ってのことだ。
 ――いや、どうだろう。正直に言えば、私はすっかり玖島の話術に騙されきっていたのかもしれない。すでにどこか心の底では、よくぞこの話を持ってきてくれたとすら思っていることを否定できなかった。
 人工知能との対決。そして、直接関係ないらしいにしろ、あのアーキテクト・コーポレーションの請け負った仕事と関わりを持てること。今までのどんな仕事よりも高揚し、動悸が激しくなるのを止めることができなかった。この時だけは、トーナメントの準決勝のことすらも忘れていたほどに。
「では、資料を提供しておく。七日間で人選を行い、連絡してくれ。その時点で足りない人員がいれば、言ってくれればこちらで用意する。――ま、君ならこの人数を集めるのは訳あるまいがね。正式に契約を交わすのは現地にて、ということにしよう」
 鞄など持っていなかったはずなのに、一体どこから取り出したのか――差し出されたB5サイズの紙束を受け取り、私は頷いた。
「じゃ、邪魔したね。食器は好きにしていいから。では」
 来るときの荷物はすっかりと消え、空手になった玖島は手を上げると、あっという間に去ってしまった。
 彼の閉めたドアを、私は呆然と見つめる。手には紙束を持ったまま。
「ところで」
 ようやく私は我に返る。玖島が持ってきた物資は、すでに半分ほどなくなっていた。綾はフォークを手にしてこちらを見ている。
「ん? ああ、いいよ。遠慮しないで。全部食べても構わない」
「いえ、そうじゃなくて」
 もちろん、いくら綾でも全部食べきれるわけがない。半分冗談だ。そんなに大食いじゃないとか、気を遣ってみんなの分残してあげたのにとか、あまりフォローになってない釈明だか抗議だかをしてくるかと思いきや、そっち関係の話題ではないらしい。
「私も参加できるんですか? それ」
 綾が目線で指したのは、手の中にある紙束だった。
「ああ、構わないよ。ウチのスタッフはみんな使うつもりだから、一人くらい混ざっても――」
「いえ、そうじゃなくて」
 普段、あまり機械ものに興味のなさそうなそぶりをしている割に、軍の極秘模擬戦とやらには興味があるのかと、少し意外な感じもしつつの返答だったわけだが……そういうわけでもないとすると……
「参加できるか、ということなんです。つまり、パイロットとして」
 私は驚きの声をあげた。
「いや、いくらなんでも難しいだろ。一対一の格闘競技とはあまりにも状況が違う」
「そうですか?」
「正面切って戦うことなんかまずないし、格闘戦になることはもっとない。なによりチームを組んでの戦闘になるから、その技術と知識を七日で……となるとな」
 綾はなんとも言わなかった。特に落胆したようでも不満そうでもなく、ただこちらを見つめている。
「まあ、今回は――と言っても、もうこんなことを引き受ける気はないが――見学だけにしておいてくれ」
「聞いてみただけですから」
 そっけない返事と態度からは、彼女の真意はなんともつかめない。それっきり黙々と、残ったサラダを平らげていく。
 と、再びフォークの手が止まる。
「データログは取るんですよね? それは見ても構わないんですか?」
「作戦行動中の記録か?」
 開発中の新型のテストを兼ねているのだから、当然、作戦中のモニター映像や計器類の動きなどは記録するのだろう。もちろんそれは貴重な資料ということになり、関係者以外の手に触れるのは避けるべきだろう。しかし、綾に見せる分には問題ないだろう。スタッフということで参加させておけば、建前上の体裁も付く。
「まあ、いいんじゃないかな。持ち出しや複製はダメだけどな」
 それきり綾は、サラダを片付ける方に集中しだした。こちらも資料に目を落としながら人選を固めていく。もっとも、それはそれほど悩むような作業でもない。ひとつのツテを探っていけば、簡単に頼れる戦友が必要人数は集まってしまうわけなのだが。玖島が私を必要としたのは、パイロットとしての資質と言うよりは、そちらのほうなのだろう。
 ともかく――私は立ち上がると、部屋の隅にある受話器を手にした。


「これよりブリーフィングを開始する」
 本来は、この廃工場の会議室だったのだろう。壁には未だに安全の心得なる文章が額によって飾られている。その額のガラスは半分くらいは割れてしまっているが、会議室自体は一応清掃の手が入っているらしい。古びた様子はあっても、埃が層になっているということはない。
 円卓を囲うように、軍服姿の十九人の男が着席する。最後の一人だけは席から離れ、壁の黒板を背に男達を見下ろす……つまり私だ。
「……と、その前に」
 私が少し姿勢を崩して言うと、その先の言葉を読んだか、数人から笑いが漏れる。
「何の因果か、我が赤い本により、かつての敵国の地に召喚された悪魔共に、まずは慰みを言おう」
 今度こそ遠慮なく、笑いが室内に響く。
「……で? 世界を滅ぼす日でも来たんですか?」
 似合わないダテ眼鏡をかけ直しながら――奴はこれを格好いいと勘違いしている――エリゴスが引きつったような笑顔を向ける。
「いや、残念ながら世界平和のためのお手伝いだ」
 咳払いし、私は本題に戻る。
「まず、すでに知っているとは思うが、この作戦の背景について説明しておこう。この模擬戦は我が宿敵……であった世界連合の下部機関、調停機構が採用する予定の、次期FAの実働試験として行われる。戦闘は空包によって行われ、空包内に仕込まれた特殊な光線が一定以上照射されると、我々の使用する兵器は『破壊』されたものとみなされ、機能停止してしまう。まあ、つまりは高級なサバイバルゲームというわけだな。扱う弾丸はその通りだが、ともかく、こっちは実戦のつもりで任務を遂行すればいい。
 さて、それでは模擬戦そのものの状況を説明しよう。我々は現在、この研究所――実際は精密機器の廃工場だが――を制圧し、ある重要な物資を奪取しようと企てている。この物資の詳細は明かせないが、これを手に入れればある主要な一都市を一瞬にして死の廃墟と化すことができるだろう」
「つまり、昔とやることは一緒というわけか」
 カイゼル髭を引っ張りながら、クロセル。どこから見てもインド系の男がこの髭というのは不釣り合いな印象を受ける。似合わないと忠告しておいたはずだが、改める気はないらしい。
「そういうことだ。……が、まあ、そんな危険なものが収まってる研究所を、こうも簡単に奪取できるわけもないけどな。ファンタジー溢れる設定を用意してくれた連中に感謝しよう。
 この物資を持ち出し可能の状態にするには二十分かかる。物資処理班は作業完了後、この研究所の敷地内、本棟の別館、西棟の地下道を使い、物資を戦闘区域外に運び出す。
 この地下道は、実際は調停機構の地下研究施設へと通じているのだが、今回は物資運び出しルートのひとつ、という設定になっている。この地下道に物資を運びきった時点で我々の勝利だ。
 しかし、我々の崇高な目的を阻止するため、調停機構が二個中隊をこちらに差し向けたという情報が入った。敵はすべてFA化された無人機体。新型であり、その詳細は不明。これを迎撃し、物資持ち出しを援護するのが今回の仕事だ。
 ――敵の戦力は陸上FA二個中隊とのことだ。敵は戦力をふたつに分け、西と南より侵攻してくると予想される。本研究所は山岳の中腹にあり、北は山頂に通じ、東は崖で航空部隊でなければ侵攻できないからな。
 兵種は不明だが、おそらく乱戦を想定した、機動力重視の編成になっているはずだ。数では多少負けているが、主戦場は斜面の森林となる。守るにはうってつけの地形だ。
 こちらは部隊を三つに分ける。アモン、クロセル小隊は南の敵に当たってもらう。現場統括はアモンが行え。クロセルはバックアップだ。エリゴス、ダンタリオン小隊は西。リーダーはエリゴス。バアル小隊は基本的に本施設の防衛に当たるが、状況に応じて臨機応変に動かせてもらう。
 敵に当たる際は、なるべく広い視野で防衛ラインを突破しようとしている敵がいないかをチェックしてくれ。目の前の敵ばかり気を取られて、防衛ラインを突破されるようなヘマはするな。
 作戦開始時刻は本日一三○○。昼飯を食ってから悠々と出撃できるという、なんとも嬉しい配慮だ。
 歴戦の諸君らに言うまでもないことだが、FAはパターン化された攻撃には非常に強い。不利を悟ったら戦法を変え、相手の苦手なパターンを探るんだ。――質問は?」
 全員の顔を一様に見回す。手を挙げるものはいない。
「では以上だ。解散」
 ほぼ一斉に全員が席を立つ。……が、誰一人として会議室から出て行こうとする者はいなかった。全員が今度は私を囲うように群がる。
「ようバアル。まだ生きていたか」
 先陣を切って私の肩を叩いてきたのはクロセルだ。本名も出身も経歴も知らないが、私が傭兵に志願したその日からずっと、同じ隊で戦った。
「お前も随分しぶといな」
「お前さんのおかげでな。懲役は済んだんだよな?」
「ああ。今はお役御免だ。今回のはまあ、別件といえば別件」
「無敵の傭兵部隊復活にも驚きましたけど、かつての敵国の試作機テストに招かれるとは、もっと驚きですよ」
 話に割って入ってきたのはエリゴス。ダテ眼鏡は相変わらずだが、銀髪になっているのは驚いた。これも奴の中では、おそらく知的で格好いいと思いこんでいるのだろう。
「だが、正直言うと調停機構は敵って気がしないな。何にしろオレ達は助けられちまってるからな。逃亡用の資金まで寄越しやがった」
「オレはタイまでの飛行機のチケットと、偽造パスポートを用意してもらいましたよ。空港までは調停機構のリムジン装甲車の送り付き。至れり尽くせりでしたね」
 戦友達があの後どうなったのか、私は詳しく聞かされていなかった。私自身が半拘束状態にあったし、足取りを調べようもない。玖島の言葉を信じるしかなかったわけだが……話を聞いていると、思っていた以上に丁重に取り扱ってくれていたらしい。当時のメンバーがこれほど簡単に集まってくれるのを不審には思っていたのだが、それにはちゃんとした理由があったわけだ。
「俺も、女房子供の身の安全まで保証してもらったクチだ。だから、あんたから話があったとき、是非とも恩返ししなきゃと思ったぐらいさ」
 ダンタリオン。こいつは私と同じく世界連合加盟国出身のくせに、わざわざ敵側の傭兵になった奴だ。その理由は知らない。確かドイツのマインツ出身だとか言っていた。赤い本のメンバーはほとんどがアジア系の人間なので、何にしろこの長身金髪で白い肌は目立つ。
 あと、今回の主要メンバーにはアモンというベテランがいるのだが、こいつは他のメンバーよりやや遠巻きに笑顔を向けているだけで、直接話しかけてはこない。本当に傭兵かと疑うほど上品な物腰と穏やかな人柄で、普段は空気のように存在感がない男だ。もちろん戦場でも空気になるような奴なら、ここにはいない。
「ところで――プライベートな話題になって恐縮だが」
 髭を引っ張りながら、一層にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるクロセル。
「先ほど親しげにしていたお嬢さんとはどういう関係なんだね?」
 ま、いつかは聞いてくるだろうとは思っていたが――綾のことだ。
「戦友だ」
「人生の友、というわけですな」
 私はうなだれた。なるべく正直に、かつわかりやすく答えたつもりだったが。なんでこう、人は自分の思惑に合うように理屈をねじ曲げるのが得意なのだろう。そんな哲学的な命題が頭の中を巡る。
 クロセルが物知り顔で私の肩をやたらと叩く。
「いや、お前さんが幼女趣味なのを恥じることはないぞ。良かったじゃないか、犯罪に走らずに済んで」
 綾のどこが幼女なんだか。
「いや、ともかく。あれは仕事上の仲間なんだ。二脚歩機を使った競技に、パイロットとして参戦している」
「え、あれが操縦するのか? 二脚を?」
 相当意外だったらしい。私をからかうのも忘れて素直に驚いている。確かに、一見しただけで綾を二脚歩機のパイロットと見抜く者はまずいないだろう――幼女にも見えないと思うが。
「……いや、本当に驚いたな。お前さんが操縦を任せるってことは、相当やるんだな」
「操縦技術には若干不安があるが、判断力に関しては信頼している。もちろん、実戦でなく競技内でのことだがな」
「済まなかった。今のは忘れてくれ」
 急に真剣になって謝る。違うカテゴリーとはいえ、同じ二脚歩機のパイロットである以上は一目置くべきと考えたのだろう。
 一瞬室内が凍り付き、全員が口を閉ざす。……と、会議室のドアがノックされた。どうやら話題のご本人が登場らしい。
「……今、いいですか?」
 ドアを開けて、妙な空気なのを察知したらしい。私は手を振る。
「単なる雑談中だ。用事は?」
「玖島さんが、手が空いたら一緒に昼食はいかがか、と。アーキテクト・コーポレーションの社長もいらっしゃってます」
「了解。行こう」
「あと、頼まれていた用事は終わりました。この山の天気については、大きく崩れるようなことはまずないそうです。風向きなども問題ありません」
「わかった。じゃ、あとはゆっくりしておいてくれ」
 会議室から出ようとすると、なぜだか他の連中がこぞって付いてくる。……いや、さっさと私を追い越し、今度は綾の方に群がってしまった。
「お嬢さん、二脚のパイロットなんだって?」
 ぶしつけにクロセルが訊ねる。綾の方と言えば、得体の知れない男共に一斉に囲まれた割には、ほとんど動揺していないらしい。剛胆の持ち主なのか頭のねじが足りないのか、正直私にはわからない。
「ええ。競技用の格闘二脚専門です。まだ資格とって一年目ですけど」
「格闘二脚? バアルの奴、こんな可愛いお嬢さんを、なんて酷いモノに乗せるんだ!」
「外道ですね」
「無理矢理乗せられてるわけではないですよ。元々格闘技を習ってたから、あまり違和感ないですし。あれ? でも、借金を返すために乗ってるから、無理矢理なのかな」
「いまどき人身売買とは……バアルが極悪金融をやってるとは知らなかったな」
「最低な奴だ」
 すっかり入り口を塞がれてしまった私は、押しのけるようにしてそれをかき分け、なんとか廊下へと脱出する。
 途中に聞こえたよからぬ発言の数々に対し、何か反論しておいたほうがいいかとも思ったが、まあ、ここで私がいくら声を大にしたところで、連中の頭の中にできあがった妄想を払拭できるとは思えなかったので放っておくことにした。綾の方から話を修正してくれる方が説得力もあるし、簡単だ。さらにおかしな方向に修正されてしまう可能性もあったが。
 いや、実のところ、私だってうまく伝えるのは難しいだろう。どう説明しても、悪い借金取りに働かされる薄幸の少女ということで話が落ち着いてしまいそうな気がする。
 ともかく――目的地に着いたらしい。管理制御室というプレートがかかった厚い鉄板扉を押し開ける。
「来たか」
 中には玖島と、白衣を纏った女性が一人。私を見止めると、彼女はイスから立ち上がった。
「お会いできて光栄です。霧村さん」
 年齢は三十代前半……といったところだろうか。私よりも結構年上なのは間違いないだろう。見た目は若そうでも、発散される雰囲気のようなものに未熟さを感じない。気に入った仕事しかしないという我が儘を貫き通す会社を束ねるのだから、もっと青臭い人物かと思っていたのだが。
 髪は短髪、白衣の下は白のワイシャツに黒い厚手の長ズボン。差し出された手はところどころ皮膚が厚くなっており、切り傷や内出血の跡も見られる。一見して技術者の手をしていた。薄い色のマニキュアなど塗っているものの、これも普段はしてなさそうである。
「アーキテクト・コーポレーション社長、守屋(かみや)さんだ」
 玖島の紹介を横で聞きつつ、私はその手を握り返す。
「こちらこそ。守屋さん」
 と、握手をしたまま、突然社長は声を殺して笑い出した。訝しがっていると、もう一方の手で制するような仕草をし、それがひととおり収まったあと、ようやく手を離す。
 それからも少しの間かみ殺した笑いを漏らしていたが、ようやく落ち着いたのか、二つほど咳払いをして、大きく息を吐いた。
「いやいや、失礼しました。大したことではなくてね」
 社長は身を投げるようにイスに座り、興味深げに私を見上げた。
「いやなに。入ってきた瞬間から、君のことを値踏みしていたんだよ。そうしたら、君の方でも私を観察していたのでね。お互い、初対面のくせに遠慮のないことだと思ってね」
 そうして、また思い出したかのように笑う。
「君のような方と仕事ができるのは嬉しいよ。玖島君が惚れ込むわけだね」
「社長……」
 玖島が非難めいた声を上げる。それに社長は笑みを返す。
「いいじゃないか。どうせ彼には見透かされてる。四年前からね」
「……まあ、掛けてくれ」
 きまりの悪そうにしている玖島に促され、私は席に着く。何をそう慌てる必要があるのかはわからないが。
 このテーブルとイスは喫茶室にあったものだ。白いテーブルクロスがかかり、中央に赤い花などが飾られているが、周囲の職場的な雰囲気とは場違いな様子である。部屋の三面がガラス張りになっていて見晴らしはいいのだが、そこから見えるのは山の景色でも都会の雑踏でもなく、すでに動いていないベルトコンベアの行列。この部屋の「管理制御室」としての設備も機能するものはほとんどないらしく、いくつか点々とランプが点いているのがあるばかり。
「あいにく、色気のある部屋が全くなくてね。東側の喫茶室は絶景なんだが、なんだか君の方で使用中とのことだし」
 例によって、どうでもいい釈明をやり出す玖島。今回の場合は話題を変えたかったというのもあるのかもしれない。
 いつの間にやら給仕が入ってきていたらしい――三人の手前にグラスや食器、それから酒瓶のようなものを並べ出す。
「今から酒はまずいから、単なるぶどうジュースだがな。雰囲気だけでも味わってくれ」
 三人のグラスにそれが注がれると、誰からともなくそれを軽く持ち上げる。
「出会いに」
 社長の手短な言葉で、グラスを飲み干す。
「先ほど、霧村君の相棒に会ったよ。捉えどころのない人物だが、いい目をしている」
 手際よくサラダとスープが運ばれ、花のそばには小振りのフランスパンが入ったバスケットが置かれる。すっかり会食の席ができあがってしまった。
「楽しみだよ。あれがどう動くのか、ね」
 さっそくスプーンを手に取り、スープをいただく。冷たいコンソメスープという変わったものだ。もちろん本物のコンソメを冷やすと飲めたものじゃないから、それそのものではないのだろうが。
「いえ、彼女は模擬戦に参加しません。裏方スタッフとして来ています」
 実はスタッフというほど仕事も与えていない。今回は本当に見学、彼女にとってはオフのようなものだった。
「本当かね?」
 心底驚いたような声。……そもそもあれがパイロットとして参加するなら、ブリーフィングにも来ずにぶらぶらしているわけもないだろうに。
「ええ。彼女は実戦経験がありませんし、ご存知とは思いますが、大事な試合を控えた身でもあります」
「こちらの仕事は大事でない、と?」
 瞬間、心臓が跳ね上がった。が、それほど本気で言ったわけでもないらしい。すぐにニヤリとした笑みに変わる。
「いや、すまない。意地悪が過ぎたかもしれないね」
 なおも破顔するのを押さえ込もうとするかのように、グラスを一息に開ける。
「だが、残念なのは正直な気持ちだね。確かに実戦経験はないかもしれないが、それはそれで面白い戦いぶりをしてくれるかと思った」
 なるほど、アーキテクトの社長らしい言葉だ。彼女は綾が実戦で戦えると思ったわけではない。おそらく、一対一の格闘二脚競技という特化した状況でしか戦ったことのない人間が、実戦に放り込まれたときどうするのかを純粋に知りたかっただけなのだろう。暢気なものだ。
 そういえば少し気になることがある。
「今回相手となるFAの開発には、アーキテクト社は直接関与していないと聞きましたが」
「その情報は正しいね。いくつかの技術は提供しているが、我が社の作品とは呼べない」
「では、その――FAを開発したメーカーの担当者は?」
 社長に顔を向けられ、玖島は軽く咳払いした。
「そりゃもちろん、自社の機体のメンテ中だろうな」
「いや、そりゃそうかもしれないが。なぜここに呼ばなかったのかと」
「なるべく余計な情報を与えたくないからな。どこのメーカーかも知らないくらいがいい。まっさらな気持ちで戦って、素直な感想を聞きたい。もしくはそういったデータが取りたい」
「なるほど」
 となると、社長が他人事のように振る舞うのも当然か。そもそも自社製品の実験でなし、最初から高みの見物なのだ。
 主菜が運ばれてきた。ボロネーゼのようだが少し違う。芋類を細切りにしたらしきものをパスタに見立てている。茹でるのか蒸すのか、細かい作り方はわからないが、最後に形を整えるために外側を軽く焼いている。炭水化物主体の重くない料理が出てきたのは、やはり出撃前であることへの配慮なのだろう。しかし、そうするとフランスパンは余計だったような気もするが。
「そういえば、さきほど少しだが、君の機体を見せてもらったんだ。伊達にあの大会に出てないねえ。いい機体だよ」
 ケーニギンネン・ドラッヘの事だ。さきほどブリーフィングでも触れたように、この地下には調停機構の研究施設がある。報酬の一部であるアーキテクト製チューニングを施すため、さっそくこちらに持ち込まれたというわけだ。次の準決勝に間に合うように、仕事の暇を見て仕上げてくれる、とのこと。
「君は今回パイロット役だけど、実際はどちらがお好みなのかね?」
「どちらでも構わないですね。要するに才能のある方がその役割を果たせばいいわけでしょう。たとえば綾に監督やメカニックの才能があるなら、私が乗っても良かった」
 社長はフォークを口にくわえたまま、見上げるような好奇の視線を寄越す。そのまま感嘆の言葉らしきものを声にして、ようやくそれに気づいたように口から離す。
「失礼。……まあ、そういう気持ちは私にはわからないね。私はいじる方が性に合ってる」
「そりゃ、人それぞれでしょうけど」
「いや、どうかね。君の場合は特殊だよ。最前線から裏方、指揮官まで、何でもやってしまうんだから」
「いずれの役目にしろ、私はいつも『裏方』のつもりですけどね。才能ある人物を支えるためのパーツみたいなもんですよ」
「ジョーカー、ってわけですか? 面白い従属の形もあったもんだね」
 社長は心底楽しげに声をかみ殺して笑った。
 と、腕時計が電子音を鳴らす。時間だ。私は口を拭うと席を立った。
「まあ、面白い見せ物になるとまでは保証しませんが。どうぞごゆっくりご観戦を」
 一礼してドアへと向かう。去り際に玖島が声を掛けた。
「デザートはハンガーにお持ちしよう」


「バアルリーダーより各機。最終確認」
『アモン小隊、スタンバイ』
『クロセル小隊、配置完了』
『エリゴス小隊、いつでもいけます』
『ダンタリオン小隊、問題なし』
「物資処理班はどうだ?」
『こちら処理班。予定通り。問題はありません』
「了解。――作戦開始まであと七十六秒。アモンリーダー、エリゴスリーダーは敵機を確認次第、映像データを送ってくれ」
『了解』
『わかっていますよ』
 久々に二脚歩機の操縦桿を握る。綾が駆る競技用の格闘機の場合、細かい動きができる代わりに操縦系は複雑だが、このような実戦用の機体なら、宙返りも上段蹴りも必要ない。歩く、走る、跳ぶ、伏せる、撃つ。転倒時の受け身や、機体のバランス処理は自動。何も難しいことなどない。
 機体は当時使用していた、インドのカシャバ重工製、K9である。丸みを帯びてずんぐりした胴体の割に、脚部は鶏の脚のように細い。お世辞にも格好いいとは言えない見た目だが、この無様な機体が信じられないほどの運動性能を誇る。その上、微妙に角度のついた装甲のおかげで致命弾を受けにくく、見た目以上に生存性が高い。安価でありふれた機体のひとつだが、この国での入手は難しいはず。変に凝り性の玖島がどこぞから廻してもらったのだろう。
 余談だが、二脚歩機が武器を手に持つことはまずない。比較的脆いマニピュレーターの故障でトリガーが引けなくなるなどのデメリットがある上、転倒時の受け身など、手を使う動作がある度にいちいち武器を手放すことになってしまう。そのため主武装は通常、肩や腕に仕込まれている。K9は標準で左腕に九ミリ機関銃、右腕に十五・二ミリ対装甲銃が装備されている。
 腕時計のアラームが小さく鳴る。
「戦闘開始」
 ……といっても、今のところ私がすることはない。工場跡――いや、研究所だったか――の正門前に機を止めて、味方からの情報を待つ。私の小隊は他に三機。完全にこちらの作戦通りに事が運べば、私達の出番はない。
 私の機が現在立っている場所は、主戦場を見下ろすには最も視界の開けた場所である。眼下に広がる森の斜面には、今のところ大きな変化は見られない。ちらちらと何かが動くのが見えるのと、遠く駆動音が聞こえるばかりである。
『アモンリーダーよりバアルリーダー。敵を目視。これより交戦を開始する。データ転送は逐次行う』
「了解」
 最近は便利なもので、他の機体のモニター画像を別の機体に送信することができるようになった。これにより指揮官は、より現場の状況を把握しやすくなったわけである。もっとも、ここ数年のFAの進歩はめざましく、今後は人間が戦場で戦うことは相当限られてることだろう。もしかすると、人間の傭兵部隊なんかが活躍するのも、先の戦争が最後なのかもしれない。
 ま、それはともかく――画像が送られてきたようだ。
 さすがは新型機、というべきか。それは今まで見たことのない形状をした機体だった。二脚歩機のように二本脚が見えるが、膝の関節はなく、歩行せずに若干宙に浮いて滑走している。つまりは二脚ホバー型、とでもいうような機体なわけだ。よく見ると背部にもう一本、動物で言えば尻尾のように短い脚が伸びていて、姿勢制御か方向転換かの役目を負っているようだから、厳密には三脚ホバーなのかもしれない。……まあ、そんな細かい定義はいいだろう。
 左右の腕部も人間の手のような構造ではなく、肘のあたりから専用の銃器やランチャー、ポッドなどが機体によってそれぞれ取り付けられている。つまり、戦術に合わせて腕の武器を換装して戦うことのできる機体、というわけだ。武装換装によって一機種で様々な任務に対応できる。ローコストで実用的。なるほど、うまく考えられている。
『こちらエリゴスリーダー。エリゴス、ダンタリオン小隊、交戦開始。予想以上に敵の動きが速く、不意を突かれた形になりましたが、大きな問題はありませんよ! 画像データ送ります』
「了解した。危ないようならすぐ言えよ」
『そこは信じてくださいよ。無駄な意地を張って作戦をブチ壊しにはしませんって!』
 エリゴス側の画像に見えるのも、やはり同じ機体。つまり今回の新型中隊とやらは、全機このホバー型というわけだ。――いや、敵側のかなり後方に、なにか形状の異なる機体がぼんやりと写っている。
「バアルリーダーよりエリゴスリーダー。敵陣の後ろに別の機体が見えるが、そちらから確認できないか?」
『……えー、現在確認の暇なし!』
「了解。アモン、クロセル。そちらではどうだ?」
『クロセルリーダーだ。確かにユーレイ野郎の後ろに別のホバー型がいる。詳細の確認はできないが、今のところ攻撃してくる様子はない』
「了解。一応警戒は怠るな」
 攻撃してこないなら、輸送機か何かなのかもしれない。もしくは中長距離の支援砲撃機で、今回は敵味方入り乱れての乱戦になっているから、仲間を巻き添えにしないよう静観している可能性もある。
 敵の分析はこのくらいにして。画像データを閉じ、モニターの上端に映る、各リーダー機のメインモニターの様子に注視する。
 現在の二脚歩機のコックピットは完全密閉型になっており、外部の様子はカメラによってモニターで確認する。このモニターには任意で様々な情報を映せるようになっており、今のようにいくつもの小窓を開き、同時に複数の味方機モニター画面を確認することもできるわけだ。
 戦況はほぼ互角といったところ。人工知能だからと馬鹿にするわけではないが、少なくとも実戦経験の少ないだろう敵を相手に、乱戦に持ち込んで互角というのはいただけない。状況が混沌としていればいるほど、装備の質や数の差は縮まり、指揮と経験がものを言う。いかに新型機、その上二脚よりもこの状況に適しているホバー型とはいえ、我々を相手取って互角というのは、それだけで驚異なのだ。
 しかし、やはり歴戦の傭兵だけあって、彼らもこの状況に甘んじてはいない。このままでは埒があかないと認めると、すぐに次の手を打つ。南側――アモン、クロセル側では、すでに誰からともかく陣形を整え、各個撃破を狙う体勢を整えつつある。左右両翼が徐々に後退し、中央で交戦している敵部隊を包囲する形へと持って行く。もちろん、あからさまに行うのではない。こうして一歩引いた視点で見なければ気づかないだろう。そして、気づいた時には手遅れである。
 中央で踏ん張っていた味方機が唐突に横転する。それを合図に、全機一斉に中央に向けれて銃弾を放つ。一瞬にして赤ペンキ塗れになる敵機。
『アモン2は左翼の補佐に回れ。クロセル部隊も左翼を中心にバックアップ。中央に飛び出すなよ。同じ目に遭う』
 アモンの声に、各機が応答する。まだ敵の方が数が多く予断を許さないが、今の手際を見る限り、さすがの賢しい新型機も、臭いを感じさせない罠には対処できないようである。
 一方の西側は、最初に側面攻撃を受けた分、有利な体勢作りには苦慮しているように見える。ただ、ダンタリオンが狙撃銃を装備した機体に搭乗していることから、なんとかそれを有効に利用すべく、ダンタリオンを中心に半円を描くような展開をしている。
『さ、やっと狙撃体勢が整ったぜ。そろそろ反撃といくか?』
 嬉々とした調子のダンタリオン。機体を膝立ちさせ、銃身を備える左腕を右手で支える。素早く標準を定め、味方の肩越しや腕と胴の隙間など、きわどい部分をすり抜けて次々と敵の火器を潰していく。――こうして狙撃手の仕事を主観で見られるというのは、現代の指揮官の役得と言えるかもしれない。
 さすがに敵も狙撃手の存在に気づき、ダンタリオンを狙った銃弾やロケット弾が次々と飛んでくる。
『あー、さすがにフリーの狙撃をそうそう許しちゃくれないか。しかしまあ、これでずいぶん敵の戦力も落ちたんじゃないか?』
『銃器を潰された機体は逃げ帰っていきましたね。あの辺は変に潔いというか……』
 エリゴスの声。狙撃シーンに見とれて気づかなかったが、火器を無くして後退するとは、これまでのFAでは考えられなかったことだ。なにしろFAはほとんど使い捨て兵器のような使われ方をしていたので、武器を失ったからといって退却し、補充を行うなどという高度なプログラムなど組まれていなかったのである。むしろ自爆装置を作動させ、敵もろとも吹っ飛ぶというタイプの方が多かった。
『アモンリーダーより各機。こちらも片腕の武器が破損しただけで後退した敵がいた。本体より武器を狙った方が楽かもしれんな』
『うーん。そんな欠陥? 欠陥て言っていいのかわからんが、そんな仕様になってるとはなあ……ま、こっちにとってはいい材料なんじゃないか、バアル?』
 確かにそうだ。武器が無くなったとしても、単にうろつかれるだけで充分うっとうしいし、自爆するかもしれない機体を放っておくわけにもいかない。さっさといなくなってくれるのなら大助かりだ。
「よし、なるべく武装部分を集中して叩くんだ。うまく連携を取り、射撃中を狙え」
 しかし、こんな弱点を抱えているとは、さすがは開発中の機体、ということなのだろうか。……いや、もっと数がいればローテーションして使い回せるのだから、ちゃんと機能したのかもしれない。そのための仕様なのだろうが、ともかくこのシチュエーションに合っていないことは確かだ。すでに両戦場で合わせて六機が後退し、互角であった形勢も、徐々にこちらに傾きはじめる。
『……あ?』
 唐突にエリゴスが変な声をあげる。
「エリゴス。どうした?」
『いや……わかりましたよ。そうだったのか!』
 さっぱり要領を得ない。
『バアルリーダー、さっき言ってた変なホバー機ですよ。あれは輸送と修理を兼ねた機体です! さっき腕の武器をやられて後退した機体が、あれに乗って戻ってきたのですが、腕が換装されてました!』
『馬鹿な。こんな短時間で武装換装できるか!』
 クロセルの言う通りだ。最初の機体が後退してから、まだ三分程度しか経っていない。熟練メカニックが死にものぐるいで仕事をしたって、換装だけで三分以上かかるだろう。ましてあれは無人機なのだ。しかし戻ってきた敵機には、確かに新たに武装が取り付けられている。今ここでその可能性について議論しても意味がない。
『あーっ、オレの仕事全部無駄かぁ』
「全く無駄でもないだろう、ダンタリオン。少なくとも数分は敵の数を減らせる」
『慰めなんだか嫌みなんだかわからんのはやめてくれっ。返答に困る』
『こちらダンタリオン3。逆にこっちが武器をやられた。後退する』
 エリゴスの視点から、その機体の姿が見える。見た目に全く異常はないのだが、見事に真っ赤に染められた両腕からは軽く火花が散っている。つまりは擬似的に両腕を吹っ飛ばされたわけだ。こちらの戦術を真似された……というわけでもないだろうが。
『バアル4よりバアルリーダー。ダンタリオン3と交替で現地に向かおうか?』
 さて、どうしたものか。今のところ戦況は敵味方どちらにも傾いてはいないものの、あちらが修理を一、二分程度で終えてしまうことを考えれば、今後消耗してきたときに大きな差となって現れる可能性もある。ならば、こちらとしては短期決戦が望ましい。
「エリゴスリーダー。援軍なしで持ちそうか?」
『今のところは』
「よし、バアル小隊は南側へ加勢に向かう。ただしバアル2は残り、物資の警護に当たってくれ」
『了解』
 私と僚機が山道を駆け下りる。舗装こそされていないが、大型トラックでも通れる道なりに下っていくので楽なのだが、途中でいくつか、私達が木を切り倒して作ったバリケードがあるので、それを乗り越えたり、迂回するので多少手間取る。
 途中、片腕を失って換装のために後退する味方機とすれ違った。こちらは工場――もとい、研究所まで戻って付け替えないといけないので、大変なロスである。まあ、最悪研究所の警護に着いてもらうという手もあるだろう――あ。そうか。
「バアルリーダーよりダンタリオン3、及びさっき私とすれ違った――」
『アモン3です』
「――アモン3。君らは修理後、バアル2の指示に従ってくれ。バアル2は二人をよろしく頼む」
 三人の返事を聞きながら、私は斜面を下る。やがて本道から外れた木々の間に、味方機の背中が見えた。
 斜面へと身を乗り出し、滑るようにしてそれの横へと並ぶ。
『早かったな』
 クロセル機だ。暢気に挨拶などしながらも、右腕の銃を撃ち続けている。
「まあな。――バアル小隊各機、バックアップ頼む」
 返事を聞く間もなく、銃弾のただ中へと機体を放り込む。……といっても、端からの見た目はそんな格好いいものじゃない。跳躍としゃがみ込みを繰り返しながらひっきりなしに動くから、その様はほとんどカエルである。かなり高性能なサスペンションが組み込まれたK9でも、ここまで無茶な動きをするとさすがにその振動は劣悪なものがあるが、この機動が一番被弾しにくく、かつ敵も照準を定めにくいのだから仕方ない。そうしながら敵弾が飛んできた方向へと機銃をばらまく。命中させることなど考えていない。こちらは陽動であり、あとは後ろの味方が勝手にスコアを伸ばしてくれる。
 と、着地した目の前に敵が真正面から滑り込んできた。振り上げている腕は銃器ではなく、明らかに突き刺すための錐状をしている。とっさにオートバランサーを解除し、着地した勢いのまま機体を横転させる。さすがにホバー機だけあって急には方向を変えられず、敵は私が寝転がる脇を通り過ぎていった。
 ……まったく、こんな銃撃戦の場で殴り合いをしたがる奴がいるとは。
 さっきの敵はなんとか向きを変え、再びこちらに向かってきた。先ほどとは逆の腕、銃を構えている。
 寝転がったままさらに半回転ほどさせ、右腕をそれに向ける。照準など見てる暇はない、そのまま射撃。乾いた音と共に、赤ペンキがその胴体の真ん中に鮮やかに散った。
 ――しかし、さすがはホバー機。機能は停止してもその動きは止まらず、ドラム缶の転げるような音をさせてこちらに飛びかかってきた。金属同士がぶつかる、鈍い音。
『楽しそうだな、バアル』
 いつの間に近くまで来ていたのか。クロセルが手早く覆い被さったそれをどけてくれた。
「機械に絡まれて何が楽しいんだ」
 もちろんお互い、話しながらも戦闘は忘れていない。すぐに起き上がった私は、大きな木を盾にしつつ、味方と交戦中の敵を装甲銃で狙い撃ちする。
「状況は?」
 もちろん、聞かなくても私のモニターには敵味方の残機数などは映し出されている。しかし、戦闘中のデータには様々な理由で遅延が起きることもある。あえて現場の人間に聞くのが習慣となっていた。
『アモン3、4が武器を失い後退、クロセル2は撃破された。残り八機。敵は四機撃破、残り六。うち二機が後退しているが、例によってすぐ帰ってくるだろう』
 西側の方は、味方五、敵七となっている。あちらには危なくなったら報せるように言ってあるので、あえて聞かない。
 腕時計に目を走らせる。物資持ち出し可能時間まで、あと八分弱。
「よし――バアルリーダーより各機。一気に片を付けるぞ!」
 木の陰から飛び出し、手近の一機に向かって斬り込んでいく。正面から撃ち合いをしているところに、突然側面から飛び出してきた私の機体にどう対応するか――と思えば、まあなんとも機械らしい。こちらの方には振り向きもせず、左腕の銃だけ突きつけて撃ってきた。転げるように跳躍して避ける背後から、大きい質量を持った何かが空を切る音がすり抜けていく。――味方のロケット弾だ。
 味方誤射すれすれの危険な多重攻撃を多用する部隊などそうはいない。つまり、敵にとっては予想外の一弾。この紙一重のぶ厚い連携によって、私達の伝説は作られてきたのだ。
 が、敵はわずかにその場から後退するだけでそれをかわした。もちろん、両腕の武器をそれぞれの敵に撃つのも忘れてはいない。
 何しろ玖島の奴が関わっているプロジェクトだし、わざわざ指名してきたことも考えると、私達の対処法くらいは学習しているのかもしれない。しかしまあ、三対一の状況であしらわれっぱなしというわけにもいくまい。転がった先の木陰に入り、膝立ちに体勢が整ったときには、私の右腕はすでに奴を捉えている。腰関節部、脚型とにって宿命的に脆い箇所のひとつ!
「グッドキル、これで二機目!」
『自分で言うなよ』
 と、右手に銃弾を避けつつ滑走している敵の姿を見つける。その体勢のまま装甲銃を向け、進行方向に二、三発撃ってやる。急に移動方向を変えられないホバーは、こういう攻撃には対処しづらい。くるりと半回転して速度を変え、やり過ごそうとしたが、その一瞬を別の機が捉えた。
 と、一瞬、発砲の音が途絶える。敵残機数を確認すると、二機。つまりは修理に帰った奴を残して全滅というわけだ。
「よし、バアル小隊は引き返すぞ。アモン、クロセル小隊は掃除後にエリゴス、ダンタリオン小隊と合流」
 西側の方は味方四、敵五となっている。思った以上に善戦しているようだ。これなら楽勝ペースだろう。
「バアルリーダーよりエリゴスリーダー。状況報告」
 下ってきた道をまた上る。滑り降りられた斜面を、今度はきちんと足場に四肢を乗せて歩かねばならないので、多少時間が取られる。
 ……エリゴスからの返事がない。
「エリゴスリーダー、どうした? ――ダンタリオンリーダー……いや、誰でもいい。状況報告を」
 味方数は五から四へと減っていたそれが、エリゴスだった可能性はもちろんある。しかしそういう場合、ダンタリオンか別の人間か――ともかく、誰かが代理ですぐに返事をするものである。わざわざこんなことを言う必要などない。
『アモンリーダーよりバアルリーダー。こちらは片付いた。次の行動に移る』
「ああ、アモン。西側と連絡が取れないんだ。そちらではどうだ?」
『何? ――アモンリーダーより各機。エリゴス、ダンタリオン小隊と連絡が取れないそうだ。各自通信を試みてくれ』
 嫌な予感が走る。もう一度残機数へと視線を這わせるが、やはり西側の数は4、5で違いはない。しかしそのとき、視線の端にダンタリオンのモニターを捉えた小窓が目に入った。
 狙撃によって、次々と敵の武器を撃ち抜く映像――
「しまった! 敵に高度な電子戦機がいるんだ!」
 今日、初めて背筋が凍るような感覚が走った。
 これは単にジャミングするというレベルのものではない。どうやっているのか知らないが、偽の情報まで流してきている。単にジャミングしているだけなら、小窓に映ったモニターの映像も途切れるのだから、いくら私が間抜けでも気付く――そう、確かに私は間抜けだ。さっき一言、エリゴスから状況報告をもらっておけば、あるいは異変に気づいたかもしれなかったものを――!
 なんにしろ、今さら悔やんでも意味がない。次の手を打たねば。
「バアル2、応答しろ!」
『こちらバアル2』
 一瞬、こちらにも通信が繋がらないのではないか……という恐怖がよぎったが、取り越し苦労で済んだらしい。その声に慌てた様子のないことから、まだ敵は来ていないようだ。
「そちらに敵が向かっている可能性がある。防御態勢を整えておけ! すぐに我々も向かう」
『了解』
「よし。――アモン、クロセル小隊、工場――じゃない、研究所に向かってくれ。おそらく西側はすでに――」
『全滅した可能性がある、だろ? わかってる。こちらは全員お前さんの後を追ってるさ』
 こういうとき、仲間が信頼できるのは有り難い。ヘマをしてもフォローが早い。――ともかく、ここで自分をいくら罵ったところでどうしようもない。自分だけ立ち止まっている場合じゃない。何度もそう言い聞かせながら、なんとか気持ちを落ち着かせていく。
 やがて道の奥に、工場の頭が見え始めた。音は聞こえない。間に合ったか――?
 と、その時、木々の奥から駆動音が迫ってきた。麓の方からだが私達が来た方向からではない。つまりは西側の方――か!
 研究所から戦場を見下ろすのに、もっとも見晴らしのいい地点。戦闘開始を告げたその場所に駆け込んだ瞬間、私は見た。
 機体としては、先ほど戦ったものと同型。二本脚のホバー型だ。それが、ボートのようなものに乗って高速で山を駆け上ってきている。数は二機。――しかし、どうも違和感がある。さきほどと同じような機体に見えて、なんとなく違う雰囲気を感じる。
 しかし、あまり悠長に観察している暇もない。その内の一機が私を認めると、約二百メートル手前でボートを飛び降りた。その際に左腕をこちらに向ける。
 私は飛び退いてそれをかわす。地面に赤い斑点が飛び散った。――ショットガンか。
『クロセルリーダーだ。敵の襲撃を受けた。機数は二機だが進路を阻まれている。パーティに遅れる可能性大』
 もう一機は道から森の方へと突っ込み、大回りして研究所に侵入しようとしている。阻止したいが、ショットガン持ちの真正面に飛び出すのは自殺行為。
 ――と、突然敵が全く見当違いの方向へと進路を変える。その一瞬後、周囲の木々が真っ赤に汚れる。ロケット弾。
『ダンタリオン3、アモン3、配置完了』
 こちらから姿は見えないが、研究所の塀の陰に二機が潜んでいたらしい。
「バアルリーダーよりクロセルリーダー。了解。こちらは最終防衛ラインで二機と交戦中」
 ようやくクロセルに返事する。バアル小隊の僚機も到着し、私のバックアップとして配置している。機数は五対二。
『こちら処理班。物資移動可能時間まで、残り三分』
「急がせろ」
 一瞬、無線の奥で声が詰まる。が、すぐに返事が返ってきた。
『はい!』
 物資の移動可能時間まで三分。領域外までの運び出しが約二分。あと五分、奴らを釘付けにすればこちらの完全勝利となる。一見勝利確実といった状況だが、あちらは機動力があるので全く予断を許さない。すぐにでも突撃してくるかと思いきや、様子を見ているのも不気味である。何か策でもあるのか――
 考えながらも、敵の銃撃の合間を縫って木陰から身を乗り出し、応戦する。――と、敵の後方、西の道の下方に、土煙が見えたような気がした。すぐに気のせいでないことがわかる。もう一機、例のボートに乗って飛んできたのだ。
 と、私と交戦していた一機が、回り込むようにして遠ざかっていく。さきほど敵機が大回りしたのとは逆方向。つまり、三方向から突撃するつもりか!
「バアル3、バアル4。そっちに敵が行った。迎撃を任せる」
『こちらアモンリーダー。敵が研究所へ高速で向かっている。我々では追い切れない!』
 私の指示とアモンの通信に遅れること一瞬。ついに敵が動き出した。ボートに乗って来るかと思っていたのだが、奴らの悪知恵は想像以上に働くらしい。ボートを先頭に、隠れるようにして突撃してくる。しかも武器腕だけはわずかに覗かせ、こちらを牽制しながらである。
 動く遮蔽物とは考えたものだ。無理に飛び出して行く手を阻めば、こちらが一方的に蜂の巣にされる。とにかく迎撃するが、そう簡単にボートは沈まないようだ。数発装甲銃を命中させたが、止まる気配がない。
 ――それなりにリスクを冒さないとダメか。
 迎撃を止め、木陰でタイミングを計る。駆動音と砂が巻き上がる音、それから耳元で銃弾が空気を裂く音を聞きながら、少し腰をかがめる。
『物資移動可能時間まで、残り一分』
 駆動音がすぐ側を横切るのを合図に、低くした体勢のまま、木陰から飛び出す。もちろん飛び出す方向は裏側、敵の背面。
 しかし――というか当然というか。敵もそれは承知していた。飛び出した先で見たものは、すでにこちらに向き直り、銃を構えている姿。狙い澄ました銃口が、私を完全に捉えている。敵にとっての必殺の一撃が放たれる瞬間、私の機は右手を軸に宙を舞った。
 破損を伝える警報が鳴る。ダメージ箇所に関する情報窓が開くが、見なくてもわかる。右腕大破、対装甲銃の使用不可。しかし、脚を宙にあげ、逆立ちに飛んだ自機の左腕は、敵機の頭を見下ろしている。
 無様に右肩から転落するまで、一秒にも満たなかったろう。さすがにこんな角度からの転倒は想定されていないらしく、強烈な衝撃が襲いかかり、四点式のシートベルトが身体に食い込む。さらに斜面を二回ほど転がるので、その勢いを利用して、なんとか左腕で膝建ちの体勢まで立て直す。
 ――右腕大破。対装甲銃使用不可。冷却システム異常発生。ジェネレーター出力十パーセントカット。
 横目で警告を確認しながら、すぐに機を仰向けにする。遅れること数瞬、例のボートが私の上を高速で通り過ぎようとする。主を失い、悪あがきの突進を仕掛けてきたわけだ。
 ちょうど覆い被さったのを狙って、膝を立てる。猛スピードで蹴躓いたボートは勢いよく斜面を転がり、木々の中へ飛び込んで見えなくなった。――あれは本当に大破しただろう。
 起き上がり、ペンキまみれになっている敵機が動かないのを確認すると、私は研究所の方へ駆け出す。
「状況報告!」
『アモン3、塀を挟んで交戦中!』
『バアル3、敵機撃破。だが、バアル4が撃破され、本機も腰部破損で身動きが取れない』
 腰部破損? ――もしかすると、あのボートの突撃をまともに腰に食らったのかもしれない。
『アモンリーダー。現地到着まであと六十秒』
 その声とほぼ同時に南の通りから見えてきたのは、もちろん味方ではない。例のボートに乗ったのが二機。
『物資移動制限解除! これより行動開始!』
 研究所の正門の陰にしゃがみ込み、左腕だけを敵に向けてひたすら撃ちまくる。相手は二機、さすがに厳しい。しかし、少しでも時間を稼がねば。
 敵ももはや、私の迎撃など意にも介していない。応戦すらせず、小さな丸盾を構えて強引に突破してくる。
 もう、こうなったら策も何もない。門をすり抜けようとする一機に飛びついた。視界がひっくり返り、脳を直接揺さぶるような衝撃が間断して襲いかかる。何かが目の前に飛んできて、ヘルメットのバイザーを少しばかり割った。一瞬、頭の中が真っ白になりかけ、諦めのような気持ちが全身を弛緩させる。
 ぎりぎりのところで意識を保ち、気合いを入れ直す。ひび割れたバイザー越しに見るモニターには、敵のメインカメラとおぼしきモノアイが大きく映し出されている。とにかく左腕を振り上げ、何度も殴りつける。どこを殴っているかはわからない。ただ、金属のぶつかる音と、自分に衝撃がないことから、敵のどこかに当たってるだろうことだけはわかった。敵は私の機に覆い被されたまま、特に抵抗しようとはしない。すでに機能停止しているかと思ったが、モニターに映し出された相手のカメラの瞳孔が焦点を合わせようと開閉している。少なくとも死んでいない。
 やがて、左腕も動かなくなった。  
 思い出したかのように、額からまつげのあたりに汗が流れてくる。ヘルメットを脱ぎ、袖で拭うと赤い色をしていた。
「たかが模擬戦で、なんか、無茶をやっちまったかなあ……」
 他人事のようにつぶやく。もう、モニターも動いていない。コックピット内は真っ暗だ。

 ややあって、私の機がゆっくりと転がり、仰向けになった。コックピットが開き、光が差し込んでくる。
「ようバアル。生きてるか?」
 クロセルの声だ。逆光で影にしか見えないが、そいつが手を差し伸べるのを見て、私はシートベルトを外す。
「結果は……どうなった?」
「ま、それは後のお楽しみ、ということで。まずはお前さんの手当てが先だろ」
 掴んだ手に引っ張られるようにして、私はシートから身体を引きはがした。


 気配に振り向くと、玖島がこっちへ歩いてくるところだった。手にはコーヒーカップを乗せたトレイを持っている。
「ようやくここが使えるようになったな」
 窓越しに見える、夕焼けに染まった山の方に目をやっている。確かにここだけ見れば風流なのかもしれない。しかし少し視線をずらすと、廊下側の壁には大穴が開けられ、谷側の壁一面の窓ガラスも半分ほど割られたまま、はまっていない状態になっている。コンクリートの残骸やガラスの破片等はすでに片付けられたものの、ほとんど廃墟と変わらない吹きさらしの室内は、いろんな意味で寒々しい。もっとも、このような有様にしてしまったのは私のせいなのだが。
 空いている手で隣のテーブルにあったイスを引きずると、私に向かい合うように腰を下ろす。
「キャロル工業の担当者が泣いてたぞ。ここ数日、お前に関わったヤツはことごとく大破してるからな」
 音を立ててトレイを置くと、さっそくカップを口元にやる。
「模擬戦をナメたらいかんよ。多少の損害はあってしかるべきだろ」
「程度の問題があるだろ。なにもいちいち本気で壊さなくてもさ。ついでに初日からご本人まで壊しちまうし」
 言われて何となく、頭の包帯に手をやる。初日にバイザーの破片で額を切った時のものだ。もっとも、壊すと表現されるほどたいした怪我でもない。この傷だって包帯を巻いているが、ヘルメットを被るときにガーゼが動かないようにするためのもので、見た目ほどの惨事ではない。縫うまでもなかったほどだ。その他は数カ所の打ち身。表面的なダメージばかりで、骨や内臓には何ら支障ない。首をはじめとして関節がいろいろ痛むが、むち打ちなどの大層な名前は付かなかった。
 しかしまあ、確かに実戦で子供のケンカのような戦い方をすることになるとは、自分でも思わなかった。少なくとも昔の私ならやらなかったろうし、そもそもK9は格闘戦を想定して設計されていない。銃撃で吹っ飛んだことになっていた右腕も、実は軸にして跳んだ時点で骨格部がひん曲がり、その圧力で動力パイプが破損して、どのみち使い物にならなくなっていたらしい。どうも綾から悪い影響を受けてしまったようだ。これでは人のことは言えない。
「おまけに施設までこの有様だからな。……まあ、君がいつでも全力で本気なのは知ってたけどな。想像以上だった」
 玖島の視線に連れられて、再び風穴の開いた窓に視線をやる。
「あの物資は、私の家に着いている。必要なら返すが」
「別に。ただの鉄の塊だしな。……しかし、あんな奥の手があったとはねぇ。なるほど、あれはつまらん見せ物だったな」
 西棟が占拠された時のことを考えて、私は密かにグライダーを持ち込んでいた。物資をグライダーに搭載して、東の谷へと飛ばしてやるわけだ。反則ではないが模擬戦の趣旨としては外れた手段なだけに、本当に使う事になるとは思っていなかった。結局、研究所内に敵の侵入を許し、西棟は占拠されてしまったのだ。全然勝った気がしない。ケンカに勝って勝負に負けた、というやつである。
 本格的な実戦方式だったのはあの初日のみで、後は限定された状況での試験――一対一で射撃戦を行ったり、包囲された状態での挙動を見たり――ばかりで、まだリベンジの機会は得られていない。
「――正直なところ、どうよ。あの新型機は」
 玖島はなぜか声を潜め、顔を寄せてきた。私はイスの背もたれに身体を預け、遠ざける。
「どう正直に言って欲しいんだ? 単純に戦った感想なのか、それとも客観的な批評なのか」
「おや。それによって見解が変わるのか?」
「そりゃ変わるだろ。単なる感想なら、実質的に負けたことについて素直に認めなきゃならないが、批評なら結果について、もっと慎重になる必要がある」
「いや――まあ、たぶん君ほどじゃないにしろ、その辺についてはわかってるつもりなんだが――」
 何を慌てているのか、玖島が頭を掻く。
「つまりその――両方とも高評価が得られると思ってた」
「そりゃ甘いよ。確かに模擬戦では実質的に勝った、と言っていいわけだが、結果だけ見て評価してもしょうがない」
 もちろん、負け惜しみで言ってるわけではない。これが実戦なら、結果が全てという考えで間違いはない。だが、これはテストである。
「で、だ。個体として見たとき、あれが特に強いとは思わないな。多少は私達の戦い方を研究した対応をしてるようだから、その分私達が苦戦しているのは事実だ。が、従来の戦い方でない――まあ、極端に言えば殴ったりつかみ合ったりということだが、そういった手段に出られると途端に手数が少なくなる。あの辺の応用力のなさは、さすがにFAだと言わざるを得ない。もっとも、あれは人間を殺さないように手加減してたからかもしれないけどな。そこのところは私にはわからない」
 その割には刺突武器などを振り回してきた奴もいたが。あんなものでコックピットを貫かれたらさすがに生きていなかったと思うが、寸止めするつもりだったのか、別の箇所を狙うつもりだったのか。
「ただ、部隊としての統制が恐ろしく取れているのが印象的だな。普通FAが苦手とする乱戦の中でもほとんど連携が乱れなかったし、その中で脅威となる敵を判断して集中的に狙ったり、弱い箇所を判断して攻め込んだりといった指示に素早く対応できている。ただし、こちらから仕掛けた攻勢に対しての対応は、的確ではあるものの遅い。敵にイニシアティブを取られると、一気に崩れる可能性はあるかな」
 普段の、常にどことなく遊びを残した表情とは違い、玖島は妙に真剣に私の話に聞き入っている。手に持ったカップを置くことも忘れているほどだ。そういえば、いまさら思い出したが、こいつは渉外役であって、調停機構軍の所属でもなければ、開発計画の担当者でもないはずだ。よく考えたらこんなところに顔を出して、熱心に感想など聞いていること自体、変な感じではある。本当ならもっと他に聞くべき人間がいるんじゃないかと思うのだが。
「さすがによく見てるんだなあ」
 わずかな間だったが、苦笑いなど浮かべる。
「そのために雇われてるからな」
「そりゃそうだが」
 不意に冷たい風が流れ込んできて、思わず身震いする。暖かい季節でも、山の中の夕方はさすがに寒い。いくら見晴らしがいいからといって、こんなところで喋っているのもどうかという感じだ。
「場所、移さないか?」
「なんだ、だらしないな。この程度で音を上げるなんて」
「コーヒーで手を暖めてる奴に言われたかないね」
 両手で抱えるようにしたカップに視線を落とし、玖島は笑った。中のコーヒーを飲み干すと、トレイを持って立ち上がる。
「そういや、綾はどうしてる?」
 廊下を並んで歩きながら、ふと、綾のことを思い出した。
「また君らのデータログでも見てるんじゃないか? ここんとこ、ずっとモニターに釘付けだからな」
 確かに、最近見かけるのはモニターの前に座りっぱなしの姿ばかりだ。こっちの方も玖島と同じく、実際にそのデータを必要としているであろう計画関係者以上に、やけに熱心である。
 あとは、夕方頃にパイロットスーツ姿で歩いているのにすれ違うこともあった。こちらの仕事が終わった頃を見計らって、ケーニギンネン・ドラッヘのデータ取りや稼働試験などをしているらしい。アーキテクトは本当に、本業の合間を縫ってあれのチューニングを完成させてしまうつもりらしい。
 当然ながら、大会参加を決めた際にはアーキテクトのチューンを受けられることなど計算に入っていなかったし、そんなものがなくても優勝できるだけの準備と作戦は用意している。その上、準決勝に間に合うほどの短期間でチューンを完了させるつもりがあるなど思ってなかったから、この報酬に関しては、はっきり言って全く期待していなかった。今でも、そういう意味での期待はしていない。資金が尽きるなどのアクシデントさえなければ、綾と私達スタッフの力があれば勝てる。
 しかし、私の機体をアーキテクトがどう手がけるか、という興味は、ここ二、三日で急に膨らんできていた。
とりあえず綾の様子を見て行く、ということになり、私達は西棟へと足を向けた。工場跡はダミー施設みたいなものなので、当然ながらここに重要な書類やデータなど一切無い。
 エレベーターホールで昇ってくるのを待っていると、階段の方から足音が聞こえてきた。確か結構な深さがあったはずで、下りはともかく上るのは大変だろう。一体どこの元気な人なんだと思っていたら、見えてきたのは社長だった。
「ああ、いいところで」
 息を切らしながらも、社長は残りの階段を駆け上がってきた。
「何かご用で?」
「ええ。……ま、本当に、用があるのは、綾君のほう、だけどね……」
 呼吸を整えてから話しても構わないだろうに、社長は両膝に手をつきながら喘ぐように言った。
「あれ、島津さん、データ室にいないのか」
「上に、いないのかい?」
「いや、下にいると思ってたから、ちゃんと探したわけじゃないんだが」
 上で思い当たるとすれば、この西棟にある彼女の個室だろう。エレベーターがやってきたので三人でそれに乗り、三階のボタンを押す。扉が閉まり、わずかに重力を感じたそのとき、突然警報が鳴り出した。
 思わず天井の小さなスピーカーの方に視線を向ける。
『Gブロックのセキュリティシステムがダウンしました。Gブロックのセキュリティシステムが……』
 録音であろう、抑揚のない女性のアナウンスを繰り返し聞きながら、私達はずっと沈黙している。
 再び軽い負担の後、扉が開く。私は閉ボタンと地階へのボタンを両手で同時に押す。
 再び扉が閉まり、今度はエレベーターが下りはじめたところで、玖島が上着の内ポケットから無線らしきものを取り出した。
「玖島だ。状況を」
 無線の奥の声は、アナウンスと警報に紛れて、意味がわかるほどには聞き取れない。
「わかった。すぐに行く」
 無線を懐に収めながら、玖島は私に向いた。
「詳しい状況はわかってないらしい。Gブロックの監視カメラは全て電源が落ち、入り口の扉はロックがかかって入れないそうだ。とにかく行ってみるしかないな」
「何があるんだ? そこには」
 玖島が何か言いかけたとき、突然電子音が鳴った。社長が携帯電話を取り出す。
「どうした? ……そうか。わかった」
 電話を切り、社長はゆっくりと顔を上げる。そこにはあいまいな苦笑いのようなものが浮かんでいた。
「やあ、まさかこう来るとはね。さすがというか、想像以上だよ」
「オレらにわかるように翻訳してくれないか?」
 焦れたような声は隠しきれなかったが、努めて平静に問う玖島に、社長はわずかにためらうように視線を逸らした。しかし、すぐに意を決して向き直る。
「綾君だよ。チューンの終了したケーニギンネン・ドラッヘを持ち出したらしい」
 玖島と私が、ほぼ同時に声をあげる。
「あ、いや、待て。あいつは裏工作のプロでもなんでもないぞ。なんでセキュリティを切ったりとか、そんな頭が回るんだ?」
「うん。まあ、私が教えたんだ」
 社長は平然と答えた。……いや、さすがにその声色には様々な感情が混ざっているようだったが。
「ここで詳細を話している暇はないだろうからね。ともかくいろいろあって、綾君は私の入れ知恵を応用して、HAアルファを破壊しようとしている」
「この計画の核、開発中の調停機構軍司令コンピュータだ。もちろんハイ・エンジェル化されている」
 私が問うより早く玖島が補足する。ハイ・エンジェルとは、FA――フォース・エンジェルス部隊を統括する総指揮官の役割を果たす、人工知能のことを指す。FAに行動指示を与えたり、配下の経験データを記録し、他の機体に配信して共有したりといった仕事を行う。ごく最近登場したシステムで、現在実用化されているのは世界連合軍のウリエルと呼ばれる一基のみである。
 しかし――理由がさっぱりわからない。綾がそんなものを破壊してどうなる? それに、具体的に何をどうしたか知らないが、なぜ社長がそれを助けるようなことをしたのか? だいたいそのHAアルファとやらは、アーキテクトが開発しているんじゃないのか?
 疑問が頭の中を巡っているうち、目的の階にたどり着き、扉が開く。真っ先に玖島が先頭で早足で歩き出すのを、二人が追う。
「――つまり、島津さんはALICEと戦いたがってる、ということだな?」
 振り返らずに玖島が言うのに、社長は頷く。
「そういうことだね。――ああ、ALICEとはあの、君が最近毎日戦っている幽霊君のことだよ。キャロル工業のね」
 特に顔を向けはしなかったが、後半は私への解説だ。テスト中は「ゴースト」、あのボートみたいなのをそのまま「ボート」という名前で通していたが、正式な開発コードは初めて聞いた。キャロル工業の、アリスか……
「いや、まあ、それはいいんだ」
 意味のない言葉が、いきおい口を突く。しかしそれによって、私の口にもようやく油が回ってきたらしい。
「そのアリスと戦うのと、こんな騒ぎを起こしてハイ・エンジェルを壊すのがどう繋がるんだ?」
「すぐわかる」
 目的の場所に着いたらしい。大きな厚い扉を玖島が開く。
「あ、玖島さん!」
 中の一人がすぐにこちらにやってきた。
 どうやらここが管制室か何か、ともかくそういうところらしい。中央に大きなモニターが据えられ、それを囲むようにモニターとコンピューターが半円状に並んでいる。今のところ、モニターには何も映っていない。白と黒の砂嵐のような映像が流れているだけである。
 玖島はなにやら紙束を渡されながら、話を聞いている。私はどこにいていいやらわからず、とりあえずその側で突っ立っているしかない。
 二、三、指示のようなものを与えると、玖島は私達の方に向き直り、付いてくるように促した。そして、モニターの正面、ちょうどこの部屋の中央あたりまでやって来たところで足を止め、ようやく私に向けての説明を始めてくれる。
「簡単に言うと、だ。HAアルファは当然ながら攻撃手段も移動手段も持たないわけだが、自身が破壊されそうになったとき、配下のFAに護衛を依頼する場合がある。島津さんの狙いはそれ、というわけだ。Gブロックは現在完全に隔離させていて、誰も入ることができない状況だ。いるのはALICEが三機のみ」
 頭痛がしたような気がして、私は額を押さえた。
「それだけのために、こんな騒ぎを起こしたのか?」
 膝から崩れそうになり、近くの机に寄りかかるようにする。――まったく、何を考えているんだ。
「そんなに戦いたいなら、もっと先にすることがあるだろ! なんだっていきなり、こんな無茶なことを……だいたい」
 何とか立ち上がり、社長に顔を向ける。たぶん、睨み付けていたかもしれない。声が荒くなるのを抑えられない。
「なぜこんなわけのわからん入れ知恵なんかしたんだ! 綾にテロまがいのことをさせて、何が狙いだ!」
 社長は言葉を選んでいるのか、少しの間躊躇していた。それからようやく口を開こうとした時、突然周囲が一段明るくなったのに気づいた。
「画像が入ります!」
 反射的にモニターへと顔が向く。いくつか分割された映像のひとつに、見覚えのある後ろ姿がひとつ。
「綾!」
 それは紛れもなくケーニギンネン・ドラッヘのシルエットだった。それは薄暗くて広い空間の中で大仰な火器のようなものを両手で抱え、持ち上げようとしているようだった。
「むかし、陸上自衛隊の車両に装備されてたやつだな。エリコン社製の三十五ミリ機関砲。あんなもの、どこにあったんだ?」
 場違いなほど冷静な声で、玖島が呟く。
 その機関砲はやがて獲物を捉えたらしく、重く乾いた音を立てて火花を吹く。たちまち被弾した何かが破片を散らして火を吹き、時折爆発のようなものを上げる。
「何やってるんだ、あいつは!」
 思わず叩いた机が想像以上に大きな音を立て、私は思わず辺りを窺った。しかし、それを気に止めた者はなかったようで、全員がモニターに注視している。
 ――いや、何かがおかしい。みんながみんな、本当にただぼうっとモニターを見つめているだけなのだ。先ほどまで忙しく動き回り、キーボードを叩いたりしていたはずなのに。
 この非常事態に、ぼうっとしている場合じゃないだろ? ――しかし、玖島も、他の人も、誰もそれについて注意の声を挙げることはなかった。ただ静かに成り行きを見守っている。
『霧村さん、聞こえますか?』
 それは突然どこからか、しかしはっきりと聞こえた。綾の声だ。
「通信が繋がってるのか?」
 私の声がやけに響く。玖島は首を横に振った。
「いや、こちらから呼びかけはできない。あっちが一方的に送って来てるんだ」
『ご迷惑をおかけしたことは、本当に申し訳ないと思っています。――けど、ずっと探していたんです』
 妙に落ち着いた声に、私は身震いした。確かに綾は普段から変に落ち着いたところはある。しかし、今の声は普段のそれとは全く別種のものに聞こえた。この世とは別の世界の、深い闇の世界から聞こえてくるような、雑味のない透明な声。あまりにも純粋で透き通った声色。
 叫び出したくなる衝動を、必死で堪える。玖島が言った。こちらの声は聞こえないと。意味もなく喚いても見苦しいだけだ。意味がない。だが、本当にそうなのだろうか? こうして声が聞こえてくるのだ。こちらの声だって、実は拾ってるんじゃないのか?
 ――それきり、綾の声は途絶えた。ドラッヘは放心したかのように手の中の機関砲を落とし、扉らしき方向へと身体を向ける。
 ほどなく、その扉がゆっくりと開かれた。暗く赤い光が差し込んでくる。その光によって形作られていく輪郭は、あの、今となっては「見慣れた」と言っていい機体のものだった。


 聞こえているのだろうか?
 守屋さんに聞いた通りにやったはずだから、聞こえていると信じるしかないけれど。
 けれど、どちらにしても、あまり言葉は思いつかなかった。
 話が必要なのだとしたら、こんなことをする前に話した方がいいに決まっていた。けれど、私が望む本当のことは、こうするより叶わなかったことはよくわかっている。そして、すべてを失っても叶えたかったことだった。
 私の望んだ世界が、ここにある。
「ご迷惑をおかけしたことは、本当に申し訳ないと思っています。――けど、ずっと探していたんです」
 そう、ずっと探していた。
 武道を習い始めたのはなぜだったろう? きっかけは思い出せない。たぶん自分の意志で始めたことではなかった。身体が小さく、力もない私にはあまり向いてなかったけれど、向かい合って手を合わせることで、短い間にいろいろな会話ができるのが楽しくて、機会があるごとに組手をしていた。
 霧村さんと初めて出会った時のことは、よく覚えている。お見合いの――席だった。経営難で困っていた父さんが、霧村さんのお金を目当てにしたお見合い。
 霧村さんはものすごい剣幕で――あれほど怒ったのは見たことがない――破談になったのだけれど、あれをきっかけに、霧村さんが元二脚歩機のパイロットで、今では小さな工場を経営していることを知った。そして、格闘二脚歩機トーナメントに出場しようとしていることも。
 初めてドラッヘに乗ったとき、私はようやく自分の居場所を見つけた心地がした。生身で向かい合うよりも、もっと鮮明に相手のことがわかる。もっと真剣さが伝わってくる。ようやくわかった。組手をしてくれた相手はみんな、私に遠慮して手加減していたんだ。
 ドラッヘは私と違って、誰よりも強かった。だから相手はみんな、全力を尽くして立ち向かってくる。その真剣さは、私に向けられたものではないかもしれない。けれど、ドラッヘが感じているのは間違いなかった。
 ドラッヘの強さと、霧村さんの作戦。二つの歯車がかみ合ったとき、そこにもう敵はいなかった。もちろん、楽な戦いなどひとつもなかった。紙一重、最後の最後に運で勝ち取った勝利もある。けれど、物足りなさを感じている自分がいることに気づいてしまった。
 いや――勝ち続けているから物足りなくなったというのは、少し違うかもしれない。勝てばそれだけ長くドラッヘに乗っていられるのだから、それは嬉しい。けれど正直に言えば、私にとって結果はどうでもよかった。勝ち続けるからつまらないなんてことはない。楽に勝てるから、負けるとわかっているから面白くない、という気持ちは持ったことはない。そういう話ではなく――なんて言えばいいんだろう。
 赤い光が細く差し込んでくるのに気づき、私はそちらに向き直った。
 ゆっくりと扉が開き、非常灯の背景に溶け込むシルエットが姿を現す。人間でいう、胸のあたりにモノアイを持ち、細くとも丈夫な両腕には、その時々で一番適切な武器を装備する。足には膝の関節がなく、丸太のような形をして、わずかに宙に浮いている。
 ――アリス。奇妙な世界に迷い込んだ、少女の名前。しかし今は、私がアリスなのかもしれない。
 最低限の隙間ができたところで、彼女のうちの一体が滑り込むようにして部屋の中に入ってくる。主人の敵を討つため、回り込むように私に迫る。その左腕がふわっと、何気ない様子で持ち上がる。
 私は軸をずらしながらも、鋭く前に跳躍した。同時に、青白い閃光のようなものが詰まったカプセルのような弾が腕をかすめる――機械を破壊せずに停止させる、パルス砲というものらしい。見せてもらった資料にあった。私を生け捕りにしたい――ということもあるかもしれないけれど、それよりも、主人に流れ弾が当たることを危惧しての武器選択のように感じた。
 初撃をかわされた彼女は、無防備な横顔を晒している。私は立ち止まる勢いを利用して、そのまま回し蹴りに移行する。完全に背中を捉えた一撃。
 だが、すんでの所で彼女は右腕の大きな杭のようなもので蹴りを受け止め、その衝撃も軽く滑走することでいなしてしまった。ふたたび間合いが空き、仕切り直しになる。
 前日、霧村さんと戦った時には、このタイミングでの攻撃にはほとんど対処できなかったはずだった。――うまくなってる。
 と、嫌な予感が走り、すぐさまその場を飛び退いた。そのすぐ後に、パルス弾が飛び去っていった。
 ――二機目。ちょうど私を支点として十字になるように、二人が私を包囲している。三機目は見あたらない。確か、ここの護衛には三機のアリスがいると聞いたのだけど。
 あまり考えている間はない。次々と青白く光る弾が飛んでくる。このまま間合いを取られて撃たれ続けるのは得策ではない。
 思いっきり伏せて第一波をかわし、その後限界まで高く跳ぶ。もちろん軸をずらしながらも、相手の一人に近づくように。しかし、着地したときにはうまく間合いを取り直されていた。なかなか容易には近づけないらしい。
 と、着地を狙って急所――メインコンピューターのある胸部へと弾が飛んできた。とっさに左腕で受ける。
 ――左腕機能不全。
 ダメージアラートの窓を目の端で確認する。どうやら完全に機能を破壊できるほどの威力ははないものの、それでも当たるとしばらくはその箇所が使えなくなる。
 ――逆に言えば?
 私は駆けだした。今度は軸をずらしたりなんかしない。真正面から襲いかかる。当然迎撃してくるアリス。しかし、その弾はことごとく左腕ではじき飛ばす。
 思いついてみれば、なんてこともない。わずかなリスクさえ負えば、こんなに簡単にいなせる武器だった。
 撃っても撃っても致命傷を与えられないのに痺れを切らし、間合いを取るため斜め後ろに滑走し始めるアリス。――すこし判断が遅かった。私は鋭く前に跳ぶと、その勢いを借りて思いっきり右の拳を突き出した。
 自身の動きと、私の拳。全ての力が同じ方向にかかり、アリスは信じられないほどの高速で滑っていく。そのまま壁に背中をまっすぐ打ち付け、反動でよろめくように前のめりになった。
 もちろん、この隙を逃したりしない。私はすぐさま追いかけ、相手が体勢を直さないうちに、その胴を思いっきり蹴り上げていた。再び壁に押しつけられるアリス。その腹部にはドラッヘのつま先が突き刺さる。突き破られた装甲の中から、水や油が流れ落ちる。
 脚を戻すと同時に、地面へと崩れ落ちるアリス。ほとんどの機能は生きているけれど、ラジエーターが完全に破損しているはず。無理に動くと熱でやられる。本人もそれはわかっているようで、おとなしく動力を落とし、壁に寄りかかるようにして眠った。
 それを確かめて振り返ると、あと一機いたはずのアリスがいない。――理由はわかっている。あの武器では役に立たないことを悟ったのだ。
 もう、私を無傷で捕まえようなんて、甘い考えは持っていない。次に来るときはまっすぐ命を狙ってくるだろう。
 その予感に対する返事は、すぐに来た。
 何か異様な、あっけないほど軽く小さく、しかし、悪寒がするほどの殺気をまき散らした空気を裂く音が聞こえる。
 確認している暇などない。私はできる限り遠くへと跳んだ。
 そのすぐ後、室内に大音響の爆音が響く。アリスの身体と私の蹴りの衝撃にびくともしなかった壁の厚い外装に大穴が空き、その周囲は燈色の炎が揺らめいている。
 間もなく、二機のアリスが扉の奥から飛び出してきた。今度はあんな軽装ではない。肩にポッドを装着し、完全武装を施している。もちろん霧村さんの時のように、さこに詰まっているのは空包ではない。それは今、目の前で教えてくれた。
 右腕の近接戦武器も、あの太い杭のようなものではなく、薄く鋭い、人間の腕が変形したような、異様な形をしたものになっている。一見すると、前の杭のようなもののほうが、刺されたときのダメージは大きいような気がするのだけれど。それでも、感じる威圧感は先ほどの比ではなかった。
 ――すごい。
 何がすごいのか、よくわからないけれど。私は震えるほどにこの瞬間を味わっていた。自分でもつくづく頭の悪い、馬鹿なことだと思うけれど。
 私を囲むように左右に分かれて滑走しながら、二機がわずかに時間をずらしながらポッドから何かを射出する。ガスの漏れるような音と、空気の裂かれる音が迫ってくる。
 今度は目で見て軌道がわかっている。さっきよりは楽にかわすことができる。けど、なんだか気にかかる。かわされるとわかっているものを、無造作に撃ってくるとは思えない。
 避けないわけにもいかないので、また跳んで避けようとする。――その時、今度ははっきりと違和感を感じた。アリスがこっちを向いていない。まるで私が跳ぶ先をわかっているかのように――
 すでに体勢に入っていたところを、無理矢理方向を逆にして跳ぶ。なんとか直撃は逃れたものの、ためらった分だけ回避は遅れ、爆風にあおられ、前のめりに転びそうになった。バランスを取り戻したところで顔を上げると、すぐ目の前には腕を振り上げて迫るアリスの姿。
 避ける暇がない! そう直感した瞬間、すでにドラッヘの左腕が出ていた。頭を守るようにかざした腕に、アリスの手刀が振り下ろされる。
 激しい金属音と、振動。私自身に伝わった衝撃はわずかな震えでしかなかったけれど、その静けさがかえって重みを持って感じられた。目を走らせるが、ダメージ表示はない。――左腕の機能は、いつの間にか回復していたらしい。
 アリスはそのまま、ブーストをふかせて押さえつけてくる。かといって、このままドラッヘの腕が押し斬られることもなさそう。むきになって無理強いする、駄々っ子のような行動――そんなものではないはず。
 もう一機の方に視線をやる。彼女はすでにこちらに向き直っている。一機が私の行動を封じ、狙撃。このままではいいようにやられるだけだ。
 体勢が崩れないように、少しずつ腰を浮かし、その時を待つ。アリスはゆっくりと――実際はゆっくりではなかったかもしれないけれど――銃口をこちらへ向けた。
 ――今!
 私はいきなり力を抜き、斜め後方に崩れるようにした。勢い余ったアリスが前のめりに――射線軸上につんのめる。
 もちろん、こんなことで油断などしない。彼女の反射神経が鋭いことは、霧村さん達との戦いや、実際に戦って知っている。味方をやり過ごしてから撃ってくることだって考えられるのだ。私はすぐに動き出せるように体勢を整えようとする。
 ――しかし。私はまた、彼女達の覚悟を察し切れていなかったらしい。突然視界が炎に包まれたと思うと、次の瞬間にドラッヘは宙に飛ばされていた。頭の中が真っ白になりながらも、無意識のうちに左腕で壁を叩いて、受け身を取る。それでも衝撃は私の内臓を押し潰そうとし、激しいものではないけれど、不安な気持ちにさせる痛みが身体の中に響く。その反動で今度はシートから吹き飛ばされそうになり、それをシートベルトが押さえつける。肩の関節がきしみをあげるのを、聞いた気がした。
 次の瞬間、今度は前から来た軽い衝撃で、私はシートに戻される。目の前には白い布製の風船のようなものが、白い煙を吹いて萎もうとしていた。
 ――エアバック。
 それをぼうっと見つめている自分に気づき、首を振る。状況確認。
 ダメージ箇所は、細かいものはたくさん表示されていて、何が何だかわからない。それでも読み取った感じでは、出力が低下して、肩の関節部がかなり疲労している、ということだった。
 自分の身体の方は――とりあえず問題ない。身体の中が押されるような不快感に、意識が少し抜け気味だけど、血も吐いてないし、身体も動く。
 ドラッヘの傍らには、火だるまとなって転がるアリスの姿があった。――今までアリスが、味方を犠牲にしたところは見たことがない。あの、ボートのようなサポート機を盾にすることはあったけれど、あれはそもそもアリスを守る盾としてある機体だ――と、守屋さんから聞いた。
 そして最も肝心な――最後の彼女。目の前に広がる炎と煙のせいで見えないけれど、私にはその姿がはっきりと見えた。滑るようにこちらに迫りながら、銃口を向ける……!
 私はその場から飛び退いた。ほぼ同時に、風船が破裂するような、意外なほど軽く乾いた音が聞こえる。
 ――痛いはずはないんだけど――その瞬間、私は痛みを感じた。モニターの一部がブラックアウトし、警報が二回、危険を告げる。
 ――当たった?
 まず、かわしたタイミングだった。当たったとしてもかすった程度のはず。
 あまり考え込んでいる暇はない。今度ははっきり、彼女の姿が見える。銃を構えている。再び回避しようとする。
 ――が、跳ぼうとした瞬間、予想もしなかった方向にドラッヘが倒れ込む。何か変。ダメージを確認しようと目を動かしたとき、何か違和感に気づいた。右側のモニターに常に映っているはずの、ドラッヘの腕が見あたらない。
 右腕大破。モニターはそう告げている。右肩から先が真っ赤。――もしかしてさっきの、右肩に直撃した?
 倒れたおかげで、彼女の弾は外れた。しかし当然ながら容赦なく次弾が飛んでくる。そのまま転がって避けるしかない。
 横倒しにぐるぐる回る視界に軽い吐き気を覚えながら――私はまだ、右腕を失ったことを考えていた。
 戦闘中にいろいろ考えてるとやられるぞ! 霧村さんは以前、そんなことを言ってたっけ。けれど同時に、常に頭を使うことを意識しろ、とも言っていた。どっちが正しいのかと拗ねてみせたこともあったけど――いや、それこそ今考えるべきことじゃない。
 さっきの状況では、私からは彼女は見えなかった。と同時に、彼女からも私が見えなかったはず。彼女なら目が見えなくても、レーダーでかなり正確な位置を捉えられるかもしれないけれど、電波が混線している場所、密閉された空間、雑音の多い場所、熱い場所などでは、レーダーが役に立たなくなることがある――と、以前誰かに聞いたことがある。
 おそらく、彼女は私のいる位置を予想して撃ってきたのだ。そして、私はそれを予想して避けた。なのに、直撃といっていい形で被弾したということは、彼女が若干、私のいる位置を読み間違えて、それがたまたま当たったのだろうか?
 そういえばさっきも、私が跳ぼうとした方向に、彼女は銃を向けていなかっただろうか? もしかすると、私の動きが読まれている――?
 私がこれまで戦ってきた中では、動きを読まれたと感じたことは一度もなかった。もちろん新人ということもあって、データが少ないのだろうけど。
 と同時に、私は事前に霧村さんから、相手についての相当の情報を受け取っていた。利き腕が右である、蹴りの動作が苦手で、一瞬独特の予備動作がある、リズムを狂わされると集中力を失って大振りになる、じわじわと攻めるのが好き……
 新人の私がこんなにあっさりと勝てているのは、もちろんこのドラッヘの性能によるところが大きいけれど、データ量の差、というのもかなり大きな比重を占めているはずだった。私はそれを頭の隅に置きながら、実際に戦って、相手の性格、今の気持ちを形作っていく。
 けれど、今の状況はどうだろう? 彼女は私のことを一切知らないはずだし、逆に私はよく知っているはずだった。
 なんとか姿勢を立て直し、私はドラッヘを膝立ちにした。アリスはカートリッジを捨て、新しいものに交換しようとしている。
 ともかくよくわかんないけど、相手は私の癖をずいぶん知っている。なら、どうやって戦えばいいのだろう――
 と、霧村さんがもうひとつ、よく言っていたのを思い出した。
 ――不利になったら戦法を変え、相手の苦手なパターンを探るんだ。
 苦手なパターンはわからない。探ってる暇もない。しかし――そうだった。彼女は――アリスは私を捕獲するつもりも、この部屋を壊さないことも諦め、さらに味方を犠牲にしてまで私に向かってきているのだった!
 私は周囲を見回し、目的のものを確認した。同時に、アリスがカートリッジを収め、改めて私に狙いを定めようとする。
 私は跳んだ。乾いた音と、警告音。――左脚破損。膝下あたりから吹き飛んだかもしれない。構わず、私は目的のものにしがみついた。床と銃身の隙間に右脚を差し込み、くるりと向きを変えてアリスに向け、残った左腕でトリガーを引く。
 ――機関砲。
 重い破裂音が連なって起こり、支えの足りない銃身が暴れる。その振動はコックピットにも伝わり、疲労した内臓を揺さぶる。
 やがてそれは、回転する音のみを残しておとなしくなった。弾切れ。
 アリスは――彼女は全身に穴を開けられつつも、まだ動いている。がくがくと震えながらも銃口を向け、こちらを狙おうとしている。
 私はもう一度気力を振り絞り、彼女に飛びかかった。二人もつれて転がる。もうさすがに、休みなく何度も揺さぶられた全身は、再び強い遠心力を受けて、仕事を放棄したがっている。
 もう少し――なんとか身体をなだめながら、私はタイミングを見計らってドラッヘの四肢を踏ん張らせた。全身でアリスを押さえつける形で転がりが止まる。いくつもの穴が開き、もはや普段の丈夫さのない装甲。私はアリスの動力部めがけて、左腕を突き下ろした。
 金属のひしゃげる音。――それは思ったより身近な、耳の側で聞こえたような気がした。
 警報ふたつ。――左腕大破。
 ……最後の最後でドラッヘが力尽きた。左腕が肘から折れ、貫くはずだった装甲の上に落ちたのだった。
 アリスの右腕は生きていた。震えながらも銃口をドラッヘの胸――私に向ける。
 私の頬には、涙が伝っていた。結果は――残念だったけれど、嬉しかった。
 いろんな人に迷惑をかけてしまったけれど……本当は、もっと違う形でこの時間を作れたら、もっと悔いがなかったかもしれないけれど……
 私はどうしようもない人だったかもしれない。母さんの命を奪ってこの世に生まれ、父さんの跡を継げもしなかった。霧村さんや、多くの人から受けた恩を仇で返し、こんな身勝手な勝負をした。
 臓腑の色など見たことはないが、私のそれは真っ黒だろう。その真相はすぐにわかる。だけど、後悔はしていない。

 ――どのくらい経ったろう。一瞬だったかもしれないし、何時間も経ったのかもしれない。アリスは銃口を向け、しかし、トリガーを引こうとはしなかった。
 さらにしばらくして、遠くから女性の声が聞こえる。
『マスター、HA01より各機。警戒態勢解除。Gブロックを解放』
 アリスは震えながら銃口をあげると、両手をふんばって引き抜くようにドラッヘから身を引きはがし、そのまま立ち去っていった。
 非常灯がわずかに点いていただけの部屋の明かりが灯り、急に明るくなる。私はただ、床を眺めていた。

 コックピットが開いた。
「この馬っ鹿野郎が!」
 目に飛び込んできたのは、ものすごい形相の霧村さん。ためらいもなく右の拳を突き出してくる。私は思わず顔を背け、目を閉じた。
 耳元で重い音が響き――痛くないことに気づく。
「ヘルメットしてる顔を殴ったところで、痛いのは俺だろうが」
 今まで聞いたことのないような低い声。私は恐る恐る目を開けた。
「それと、戦士は死ぬ一瞬まで目を閉じたらダメだ。最後まで冷静に、勝つ手段を考えろ――何度教えた」
 霧村さんの表情は変わっていなかった。声もそのまま。だけど、もう、怖くはなかった。本気で怒っていなかった。ふりをしているだけだった。――私のために。


「……よく仕上げたもんだな」
 トラックから徐々に姿を表したそれを見ながら、私はため息を漏らした。感心すると言うより、呆れる。
「ま、こうなったのは私の責任でもあるからね。超特急で仕上げさせてもらったよ」
 タバコなどくわえながら、社長が満足そうに横に並んでいる。目の下に隈がくっきりとあるのが痛々しい。
「それより、綾君のほうが驚異的だよ。本当に大丈夫なのかね?」
 と、言っても、綾の怪我は大したことはない。ケーニギンネン・ドラッヘの損傷と比べるまでもなく。表面的なダメージばかりで、骨や内臓には何ら支障ない。
「ま、怪我がどうだろうと乗せるんだがな。泣き言っても知るか」
「ひどい監督だねえ。ま、人のこと言えないか。スタッフ三人ばかり病院送りにしたしね」
 遠くから歓声が聞こえる。前座のジャズバンドのショーが終わったらしい。
「まあ、実働テストをさせてあげる暇がなくて、その点だけは済まなかったと思うよ」
「間に合っただけでも驚異でしょう。……ま、その辺はパイロットがなんとかするさ」
「あ、届いたんですね」
 控えの方から綾が飛び出してくる。
「わー、すごい、ホント直ってる」
「人ごとみたいに言うなよ。誰が壊したと思ってるんだ」
 しかしまあ、本当によくこの短期間に直したものだ。と同時に、妙な違和感を覚えなくもない。実はこの修理費、私の方からは全く出していないのだ。全て調停機構軍からの持ち出し。
 テスト中に破損したならともかく、勝手にテロを起こして自滅したヤツの機体を無償で直したわけである。しかも綾にもおとがめなし。あれだけ大騒ぎになってなお、玖島の奴が握りつぶしたのか? わけがわからない。その上計画の方の仕事を放っぽってまで、ドラッヘの修理に費やしてくれたという。至れり尽くせりで言うことなしだが、それはそれで引っかかる。
 さっそくスタッフがタラップをかけ、綾が乗り込む。そして控えの方に機体を運んでいく。
『ほわー。これ、前よりすごく動きがいい感じがしますよ! ステータスパネルの位置も見やすくなってますし』
 わざわざ外部スピーカーを使って報告してくる綾。
「綾君に合わせて再設計したからね。性能は変わらないが、使い勝手は良くなってるだろう」
 まったくご丁寧なことだ。修理するだけでも時間がないというのに、わざわざそんな手の込んだことまで――
「社長。綾に合わせて、と言いましたよね」
 社長がこちらを見る。何気ない素振りをしているが、一瞬わずかに肩が跳ねたのを見逃さなかった。
「もしかしてあれ、最初から社長が仕組んだんじゃないでしょうね?」
「いや……まあ……そうだね」
 意味のない言葉を二、三吐いたのち、社長は観念したように息を吐いた。
「隠し事は私の性に合わないしね。言える範囲ではっきり言っておくか」
 うつむきながらそう呟き、私の方に向き直る。
「実はまあ、綾君がALICEと戦いたがっているのを知って、抜き打ちでセキュリティシステムの稼働実験をしてみよう、ということになってたんだ。もちろん事前に知っていたのは私と玖島君と、あと数人の責任者だけだった。もちろん実弾は使わないでね。でも、綾君はそれより早く、自らの意志でそれをやってしまった。理由は知らないけど、彼女は真剣勝負がしたかったんだね」
「つまり、あのときの戦闘データは全部……」
「……ケーニギンネン・ドラッヘにもフィード・バックさせてもらったよ」
 ……なんて反応していいやら、よくわからない。結局綾が迷惑をかけたのは事実で、しかしそのきっかけは社長らのせいなわけで……
 私は息を吐いた。まあ、いいか。考えても仕方ないことは考えないに限る。
「よう、バアル」
 声に振り向くと、なにやら大所帯が控えに押しかけていた。クロセルら数人と――その家族達だろうか? 子供や奥さんらしき女性も数人見える。
「バアルはやめろ。ここは戦場じゃないぞ」
「戦場みたいなもんだろ」
「あと、控えにいきなり押しかけてくるな! これから試合だってのに――」
「よう、綾ちゃーん、応援してるからなー」
「話を聞けっ! だいたいお前ら、なんでまだこんなところに」
「いやまあ、せっかくなので休暇もかねて、とね」
 意味もなく眼鏡を直しながら、エリゴス。……うん。よく考えたら、私もこいつらの本名を知らないのだった。
「それにもう、僕ら傭兵が活躍する時代じゃないでしょ。僕だってもう、ただの郵便配達員ですし」
「人工知能が席巻していくこの時代、傭兵あがりなんざ、綾さんの応援でもして気を紛らわすしかないさ」
 真顔で言ったのは……アモン。こんな軽口を叩く男だったとは知らなかった。
「まあ、それでも、あの時ほどの熱戦は期待できないだろうけどな」
 あの時――アリスと命を賭けた戦いを見せた時。気楽に言ってくれる。人の気も知らないで。
 私は元傭兵どものごろつきの中をかき分け、ピットの表、いくつかのモニターが用意された監督席の前に立った。インカムを着け、檄を飛ばす。
「綾、遠慮するな。叩きのめしてやれ!」
 ――準決勝、第二試合。キリムラファクトリー、ケーニギンネン・ドラッヘ対、チーム・ガントレット、セラフィム・フレアー!
 会場の歓声がひときわ高く巻き起こる。
 もしかすると、この会場に、人工知能の戦士が登場する時が来るかもしれない――
 そんな漠然とした思いが沸いてきて――とりあえずそれを私は拭った。





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